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◆今、ここから始まるその2、21世紀は人間の叡智を結集した、脳の前頭葉の時代が始まる。

まさに、宮沢賢治が記したように、

人間とは<現象>です。

生きるとはその一瞬一瞬の脳と身体が作り出す現象であるのです。

つまり私たちは、常に一瞬一瞬、脳と身体で収集した感覚情報と

すでに自分の脳の中にある記憶とを照らし合わせ、編集しながら、

今の、この一瞬を生きているのです。

そしてもし、脳のメカニズムについて大衆が広範に

理解し始めたなら、

きっと彼らはびっくりするでしょう。

なぜなら、

脳の観点から見れば、

自分が他者と対立したり、抗争したり、競争したりすることが

いかにばかばかしいことであり、

これまで人間がいかに無駄なエネルギーを人生の中で

浪費していたかを知るでしょう。

なんてこった、そのばかばかしいことに、

人間は人生も歴史も費やしてきたのかと・・・。

私は、21世紀は、

人間の古い脳である動物的本能の「辺縁系」における現象を、

新しい脳である「前頭葉」において

いかに克服するかの時代であるかと、

思います。

人間の●動物的欲望と攻撃性からの脱出です。

以前にも書いたように、

集団、共同社会の中でしか生きれない人間は、

古い動物的な脳<辺縁系>をカヴァーするために、

<前頭葉>という脳を発達させ、そこで、

高次の理念や思想や意志の構築を図って、

生き延びてきたのです。

そしてようやく人間は、

ひとり、ひとりの尊厳と平等と平和という理念までたどり着きました。

しかしそれは現実的には、

まだ、世界の半分の国でしか認識されていませんが。

そして21世紀こそは、

科学を結集した叡智のもとに

これからの未来を構築しようとしているのです。

半導体を開発した西沢潤一先生は、

これからは人間の叡智を結集した科学の時代が来ると

言っておられます。

私的には21世紀は、

人間が、これまでの人類史の総総括の時代に入ったと、

思っています。

しかし現実的には残念ながら、

人間とは個々の自立した脳と身体の

現象である、ということは、

まだまだ一般には理解されていません。

個々の自立した脳とは、

人間はそれぞれの自分のデータの範囲の中を

生きているにすぎず、それはいわばひとりひとりが、

その個人のデータカプセルの中で、生きているということです。

この事はもう何度も書きましたが。

そういう風に、脳のメカニズムを理解すると、

つまり脳は

●個々が自己完結しており、

●他者とは断絶しており、

その生命現象と欲望世界は個々、様々に

個人において現象化するということです。

それを理解し、考慮に入れて考えると、

人間はもともと他者のことなど理解し得ないのですから、

・人間関係などがうまくいくはずがないこと。

・親子でもうまくいかないこと。

・夫婦というものも、旨く行くはずがないことなどが

分かってきます。

つまりその

旨く行かないことを、

●いかにうまくいかせるかが、

人間の人間たる所以であり、

そこにこそ、

人間が

●考える葦であることの意味と価値があるのです。

そして

それこそが、人生の課題なのです。

前頭葉が働かず、

辺縁系の欲望や感情の世界に支配されると

人間は争います。攻撃性が強くなります。

本能の脳(辺縁系)より、理性の脳<前頭葉>は弱いので、

どうしても人間は感情に左右されます。

さらに前頭葉のベースになる知の記憶が集積し、

成熟するためには、

●たくさんの社会経験を積み上げる

・年月が必要なのです。

だからこそ、人間は歳をとるとたいがいの人が

穏やかになるのです。

そして前頭葉は壊れやすいです。

認知症では前頭葉は劣化していきます。

プーチン氏などはもう前頭葉が崩壊しかかっていると、私は思います。

17世紀の産業革命以来、

人間の主なる関心と欲望は、

経済的繁栄とそれを可能にする文明的豊かさへと

シフトしていきました。

常に、優先は経済(お金)であり、

産業は、生産の高い、テクノロジーが発達し、

ついにはAIテクノロジーによる、

労働の代理と合理化まで、辿り着いてしまいました。

反対に現代においては、思想や哲学は遠く遠のいてしまい、

人間として、どうあるべきか、どう生きるべきか、

人間としての価値は何か、さらに

どのような共生の社会を創るべきかは、

経済優先時代のの前に退行してしまいました。

ただ、しかし

その代わりに、人間を科学で解明する脳科学や

分子生物学などが台頭してきました。

脳科学や分子生物学では、

これまでとが違う、人間とは何かが、見えてきました。

私は、

脳科学や分子生物学から見えてくる人間像、或いは人間解明は

まさに、

人間とは何かの新しい認識や、

それをベースにした

哲学や思想が生まれる時代だと思います。

それは個々の人間が、

その内容において

いかに素晴らしいかを示すものであり、

その知識と認識においては、

今までのような、

人間どうしの自我の対立や対抗、抗争することが

いかに不毛であるかを、人々が知りことになると思います。

21世紀は、人間とは、脳と身体の作り出す現象であり、

では、いったい人間は、どんな現象をつくりせばいいかを

広く、大きく、豊かに 考え、創出する時代の始まりだと思います。

そのためには、今ウクライナで起きている侵略、戦争を

どのように解決していくかが、大変重要なファクターになると

思います。

この戦争そこ、まさに

アナクロニズムの産物でしかありえないからです。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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