人間を書く時の心構えとしては、
決して善悪で裁かないこと。
倫理や道徳で測らないこと。
根底に、いつも主人公への全幅の肯定を持つこと。
究極的に言うと、
人間は自分に苦しむのです。
言いかえれば、生きるとは、
自分に苦しめられるのです。
その苦しみを全身でもがきながら
一つずつトンネルを抜け、人間は
気づいていきます。
もがき、葛藤することで、
脳の前頭葉は、すこしずつ成熟していきます。
だから、初めから偉人などいないのです。高邁な人間なども、いないのです。
鍵は人生のプロセスにあります。
人間は弱いですから、
他者に幻想をもって依存したり、
自分のことはわかりませんから、どちらかというと、自分の事はディスカウントしがちです。
自尊心の高い人や自惚れの強い人ほど、その無意識領域では、自分に自信がなく、自己ディスカウントの強い人です。
私が書く主人公達も、紛れもなく自己ディスカウントに悩まされた人達です。
ただそれでも、彼等はその自分を
超えていこうともがきます。
だからこそ私は書いたのですが。
賢治は、父親との確執があり、父親からディスカウントを受け、
いつも首根っこを押さえられている状態でした。
そんな中、彼自身の自己ディスカウントもあり、なかなか自己肯定できなかった人です。
「雨ニモマケズ」の詩は、まさに彼が自信をなくしてドン底にいた時の詩です。
もう生きる気力を無くしかけた自分を、叱咤しながら書きました。
それは、あの詩とは真逆な、無力な賢治がそこにいたからです。
しかし、すべてを諦めた時から、賢治の覚醒が始まります。
恐らく誰ひとりとして自分を理解しない孤高の中で、自分を見つめていったと思います。
そしてその最後は、晴天のように見事であったと、私は思います。
一葉の場合も、農民であった両親が駆け落ちして江戸に来て、士族の株を買い、
にわか士族になりました。
本物の士族の系統ではないそのコンプレックに一葉は悩まされ続けますが、
ある時からそれを投げ捨て、居直ッていきます。
逆に階級性からすら漏れている極貧民の世界を背に、
世の中に挑戦するかの様に、新しい文学の美の世界を描き出していきました。
文は確かに古い美文調でありながら、中に流れるているのは一貫して、シュールな感性の美しさです。
だからこそ、鴎外も露伴も、そして漱石もが高く評価しました。
高村智恵子も、両親は酒造業で成功したものの、いわば成り上がりの為、
その高慢な経営があだになり、実家は倒産します。
高村光太郎は、智恵子を愛していたのですが、
芸術家としての理想を追う光太郎は、智恵子が背伸びしていることには
気がつきませんでした。
智恵子は、実家の破産の実情を光太郎には隠し続けました。
そこには、二重に分裂した智恵子の人格がありました。
遺伝的な事もあったかもしれませんが、智恵子は、統合失調症に冒されていきました。
ただ、その入院中に、病気ゆえに肩の荷が降りたのか、
智恵子本来の才能が開花していきました。
それは、芸術家として背伸びする智恵子ではなく、
素直で少女のような純真な紙絵のアートでした。
人間は、誰もがまるで業のように自分の世界を背負います。
さまざまな桎梏や、抜き差しならない自我の歪みなど、
生きる事は、それらから脱出するもがきのようなものだと、私は思います。
だからこそ、それは尊いのだと思います。
誰もがみんなその途上にあり、
出口を求めて、生き延びていきます。
人間を書く、と言うことは、その苦しく、
苦い道をありのままに書くことだと私は考えます。
美化せず、幻想化せず、ありのままのその姿こそが、美しい。
私はそれをお伝えしたいと、思って書きました。

コメント