「それから」を書いたのが漱石42歳、漱石男盛りの時です。
人間の性は単に子孫繁栄だけではなく、嫉妬や所有欲が絡みそれはとて苦しいですね。
私もこの頃かなり苦しみましたねー私や家庭を顧みないうちの爺さんの事で…笑!
それでどうしたらこの苦しみから解放されるかと考えた末、
人間はその属性として性があるだけで、それは人生の本流ではないと、考えるに至りました。
その上で、
1、男に対する幻想を捨てること。
2、男女の恋愛感情は所詮発情するという事に過ぎず、
大事なのは、その男女で作った家族であり、
特に子供をどう育てあげるか、だと言う結論に至りました。
その為には、私が心底自立した人間にならねばならないと考えました。
そして私を苦しめる旦那に対する執着や、
他の女性に対する嫉妬や敵意など、
男に対する依存と幻想とから湧き起こる感情を、
捨てられるだけ捨ててしまいました…苦笑!
それは自分の人生や生き方に対する自由と責任において、
私は私の人生を築いていくことであり、同様に、
旦那がどこで、誰と何をしようが知ったこっちゃない。
私は彼の自由を保障し、
彼の責任において、その行動、生き方については、
私の関与することではない、と結論をだしました。
もう、スッキリしましたねー。
私自身若い頃から、
女の自立とは何かと考えていましたからね。
特に森崎和江さんの言葉
「非所有の所有」と言う言葉が、
若い私に痛烈に突き刺さっていましたから。
誰をも所有せず。
これは夫に対しても、子供に対しても、
すべての他者に対しても
同じです。
人間は自分以外は所有できない。
或いは、してはいけないという、
私の鉄の信条です。
森崎さんの「非所有の所有」そして
文化人類学の岩田慶治先生の言葉、
「人間は断然を介してしか繋がれない」
更に社会学者の見田宗介氏の
『夢から醒める、ということが
感動の解体であるばかりでなく、
いっそう深い感動の獲得でもある。』
これらの言葉が、
私の後半の人生の核になりました。
夢から醒めるとは、あらゆる幻想から醒める、と言う事です。
夢から醒めた現実は冷ややかで厳しい人間の実相が見えてきます。
しかし、ごまかしようのないそれは、
その厳しい荒野を生きざるを得ない
人間への、
新たな共感と感動が生まれました。
人間はすべての人が脳の属性の中で生きていること。
その属性にはその人間がどうにもコントロールできない人間の宿命的な、
感情の澱みがあることなどなどです。
夏目漱石の小説のテーマも、
自分ではどうにもならない他者の存在にどう向き合うか、です。
そして、いかに我執を捨てるか。
そしてもうひとつ、
他者達が繰り広げ、作りだす
社会(世の中)という怪物というか化け物と、
どう向き合うか
だったと思います。
そう言う中をどんな人間も生きているのです。
漱石の中には苦い厭世感があり、
若い私の中にも、同じ様な厭世意識と忌避感がありました。
しかし漱石は、
逃げてそれを回避するでもなく、
また、悟ったふりして世の中を遮断して隠棲するでもなく。
巷間の中で小説を書きながら、第三の道を模索していた様に私にはみえました。
これから「門」「行人」「道草」と読み直していきます。
特に「行人」を読むのはしんどいなぁ!
…。


コメント