漱石の小説は、とりあえず自分の感情を凍結し、
理知の目で読まないと、読み違える。
というか、理解できなくなる。
漱石の小説を、男女の恋愛や夫婦の葛藤や男の友情物語として読んでしまうと、間違える。
それらの男女はあくまでも小説の駒に過ぎず、
漱石の主眼はそれではないからね。
彼が見つめ掘り起こそうとしたのは、
人間の根源に薄暗く溜まっている、
不安や畏れや、
解決不能な自分の自我の執着と、
それによって起きる感情の衝動です。
どんな人間も、それに振り回されて生きてしまうからです。
そこに人間の苦悩が生まれます。
だからこそ彼は「門」の中で「父母未生以前の面目とは何か」を探そうとします。
「行人」のテーマも行き着くところはそれであり、
では、父母未生以前の「私」とは何なんでしょうかね〜…。
私は、
純粋そのもの、何も疑わず、何も迷わない「私」という魂を持った生命ではないかと考えますが。
それを漱石は「行人」の中にでてくる女中のお貞さんにみます。
迷いや疑心暗鬼で、頭がグチャグチャにならない人間です。
漱石が見た遠くの出口の光と、
良寛が見ていた高天から刺す光と、
私が憧れ見ていた遠くのそれが
一致している。
だから私は漱石に惹かれ続けた。
さぁ、次は「こころ」です。

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