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居眠り日記 5 文学の時代は終わったなぁと言う気がする。

 

1つは文学の中にある人生観や哲学や詩情などの、悠長な世界を人々が考えなくなったということ。

2つ目は、そういう言葉の高潔さや、素敵さを理解できる人間が少なくなったということかな。

つまり、情緒が薄くなったんだね〜。

情緒って言うものは、周りの環境や自然の中で、自分を慈しむ感情や感覚が育てていくもんだからね。

物事が数値化されていったり、言葉が記号化されていったり、考えると言う余裕なく、スピードに追いかけられたりしていると、当然、そこには情緒と言う隙間がなくなってしまう。

それはね、決していいことじゃないよ。

情緒が擦り切れると感覚がとげとげしくなったり、感情が砂漠のようになっていくからね〜。

まぁ、少しでも情緒と言うものを身に付けたり感じることができる人が残っていれば、その人に語りかけていきたいね〜。

数学の天才の岡潔先生も言ってたけど、数学も情緒なんだって。

もっと詳しく言うとね。その数字の周りにある。何とも言えない空気とか雰囲気とか気分とか、そういうものが実は、

大きな発見へとつながるということらしいよ。

実は情緒のある人間と言うのはとても素敵なことなんだね。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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