ある作家の話です。
もう物故者の作家です。
人間の深層心理の世界を追究した作品を書いており、女流としては異色の作家でした。
作品はある種人間のデモーニッシュな心理を描き、その悪に対する神の救済はあるのか、というギリギリを
切先鋭く問い続けていました。
他の作家にはないその明晰さに惹かれました。
彼女はさらに突き進むにつれ、カソリックの修道者のように、その信仰の道を追求していったと思います。
ただ、私はある時から脳の不思議さのほうにシフトしていきましたから、
だんだん彼女の作品から遠ざかってしまいました。
最近、彼女のことを思い出して、
その最後の作品を買って読みました。
そこにあったのは、
いまだに、自分に執着する文体であった。
文章じゃありませんよ、ストーリーの中身でもありませんよ、
文体です。
文体にこそ、その人間の深層心理が現れるのです。
何か、いまだに自分に固執してるのかと思いました。
若い頃の私もおそらく自分に固執していたのだと思います。
だから、彼女の小説が肌にあった。
しかし、私は、歳をとるにつれて、自分に固執することの、
ばかばかしさが、わかりました。
今の私は、自分なんてどうでもいいです。
自分と言うのは、時代の川面に浮沈みする阿波粒のようなものです。
気の毒だなぁと思いました。
最後まで、自分にしがみついたのかと。

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