MENU

◆今ここから始まるその7鬱と躁を直してゆく!

脳で起きる現象は常に瞬間瞬間の一回性です

つまり同じことは二度と起きないのです。

そういう瞬間的な選択をしながら、私たちは生きています。

ということは、私たちの生命現象は常に新しい、今ここから

始まる、という事でもあるのです

私たちは、なんだか自分という恒久的なものがあるような勘違いをしますが、

脳の中も体の中も現象として常に変化しているのですね。

そういうことを踏まえた上で、

今日はある人のために、

双極性障害をどう克服するかについて、

書いてみます。

双極性障害はちょっと前まで躁鬱病と言われていました。

ただ、私は…障害という言葉も、・・・・病という言葉も大嫌いですから、

なぜなら、そういうのは、障害でも病でもない、

ただ脳は、人間の数だけパターンがあり、

双極性の人は、ちょっと感情のコントロールが下手なだけさ、と

思っています。

勿論脳科学的には、

脳の神経伝達物質の分泌放出の

バランスが悪いという事でもあり、

アメリカなどでは脳の辺縁系に電極をつけて

電流を流す治療もあるらしいです。

実は私も若い時この躁鬱に悩まされました。

もう鬱と躁のエレベーターが行ったり来たりして、

大変でした。

しかし、ある時から、脳を事が少しずつ分かり始めた頃、

これはまさしく私自身が、

●常に感情に捉われていることが

原因であると突き止めました。

脳の辺縁系、つまり感情を司る脳は、

脳の中でも古い本能の脳であり、

爬虫類の名残の脳です。

人間が人間たるためには、

この脳をいかに前頭葉の脳で克服するかだと

考えたのです。

事実私はとても感情的な人間で、すぐ感情のスイッチが入り、

物事をほゞ感情で判断し、行動しては、

自分の感情を持て余していましたから。

※余談ですが、日本人は、

すべての事において感情を優先させる傾向のある

民族です。

それである時から、

「よし、感情を捨ててしまおう」と決心したのですよ。

これからは、感情ではなく、常に理性を優先させた

理性の人間になろうと、決心したのです。

※この決心することが、大事なのですよ。

そして毎朝、目がさめたらすぐノートに

「今日も一日感情を捨てて生きれますように」と書きました。

それは私が「朝の祈りのノート」と呼んでいるノートで、

朝、脳が新鮮でまっ白な空間の時に、

自己暗示をかけるのです。

これを何年も続けました。

感情から解放されるためには、

●継続する強い意志が必要です。

というのは、いったん脳の中で、システム化した感情の脳回路を

変えるのは

至難の技であるからです。

なぜ、そのような脳回路にシステム化されるかというと

その人の脳と身体が無意識領域で、それが

その人の生命の保全になると考えたからです。

つまりその人の祖先(DNA)も今生きているその人自身も

そうしながら自分の命をまもっているのです。

だから脳は、そうは簡単にその回路を手放さないのです。

巷ではポジティブシンキングとか、

瞑想とかコーチングとかいろいろ対処療法的なものや、

発想を変えるとかなんじゃらかんじゃらありますが

多分そんなものではとても変われない、

それほど脳は甘くないです。

とにかく堅固な意志をもって自己暗示に臨まない

ダメなのですよ。

その他にも、

感情的になりそうになったら、なる瞬間の前に、シッと

頭から感情を追い払い、

絶対理性で解決するぞ、と自分に言い聞かせます。

この場合、理性を用い、一番何をどのように判断すればいいか、或いは

どんな行為すればいいかを、

じっと●脳を集中させて考えました。

勿論、感情の方が強く衝動をおこしますから、

そちらに流れそうになりますが、

いや、

理性の私で、と踏ん張り、

1ミリも頭の中を

感情が走らないように追い払いました。

もう一つ私が感情的に陥るのは、

私の心が傷ついた時と、

ある種のコンプレックスが作動したときです。

これも、私は、どういうコンプレックスに冒されているか、を

徹底的に、洗い出しました。

また、そのコンプレックスがいかにナンセンスかを

自分に言い聞かせました。

そしてそのコンプレックスに陥りそうになると、

鼻、と口の呼吸を1,2,3,4,5,と数えて止めて、

脳の中から追い払いました。

そしてもう一つ、

私は自分が傷つくときはどういう心模様がおきるかも、

自分で精査分析するともに、

いわゆる悪意を持って攻撃された場合は別として、

脳のメカニズムの観点から見ると、ほとんどのことが

遺伝的な歴史の中や、生育歴の中で、私の周辺にいた親及び、それに

類する人間関係の中でおきた、

・否定的体験や、

・他者による抑圧や、

・理不尽な攻撃や扱いをされた記憶が

同じような場面や、刺激に遭遇した時、記憶の中の自分の傷の痛みが再現し、

自分のエネルギーを奪うのだ、ということにも気づきました。

つまり

傷つく原因のほとんどは、

自分の記憶内にあることが、原因なのです。

いうなれば、鬱は、自分の脳と身体とが

自分の内部にある感情に乗っ取られて起こす、現象なのです。

躁の場合も、過剰は向上ホルモンの放出が起き、

自己幻想、うぬぼれで、自我が膨張して

起きる自己錯覚だと思います。

しかしそれも鬱によって、

内部に抑圧されたエネルギーが放たれていく生理現象、

一種の生命現象であると

私は考えています。

だから、悪いことではないのですよ。

上記にも書きましたが、

脳は甘くありません。ましてや

遺伝の感情の体系により、その人の感情が暴れる場合などは

もうほんとうに自分の手におえない自分がいます。

しかしそれでも、感情を捨てる。感情に乗っ取られないという

固い決意、そして

常に、自分の理性を呼び起こす。

そういうトレーニングをやり続けることです。

そして大事なことは、もし、感情的に陥っても、

すぐに、自分を取り戻し、理性の自分へと運んでください。

決して自分を責めたり、自罰したりしないこと。

人間はね、自分でさえ、自分の思う通りにはいかないのです。

でもね、

脳の前頭葉には、ちゃんと理性の自分がいるはずですから、

そしてどんなことがあっても、つねに私たちは

理性の自分を立ち上げて、

今、ここからはじめればいいのです。

そして最終兵器は「段ボール叩き」です。

これは次回書きます。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

コメント

コメントする

目次
閉じる