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◆いつもまっしぐら!

憲雄氏が抗がん剤の化学治療の為に入院しましたので、

秩父に行き、一泊してきました。

久しぶりに、頭の中が空っぽになりました。

人間は、一つボタンを掛け違えると、ドンドンおかしな方へと行ってしまいます。

常、あなたはどう生きるのか?と

問われているのです。

そこには、いつも その人が、

自分の整合性を、生きているかどうかを問われているのです。 

整合性は、正しいか否かです。

もし、自分の整合性を無視して、やすきに妥協した場合は、

そこから狂って行きます。

若い時には、世俗的な欲や計算が働いて、迷いの中に落ち込みがちですから、ともすると、

整合性を踏み外してしまう事も多々あります。 

しかし、歳を取り、

自分の人生が見渡せるようになると、

自分の整合性を裏切ってきた人生は、

いかに薄汚れているかが分かります。

会社も、社会も同じですね。

会社もそこに一本の、

家の梁のように、

その整合性を通しておかないと、

会社は少しずつぐらついていきます。

憲雄氏の「真艫 ・まとも」と言う言葉は、

まさにその梁を象徴するものである、と思いますよ。

彼はそれを社員のみなさんに向かって語りかけたのだと思います。

なぜなら彼が愛したのは、

見える所でも、

見えないところでも、

誠実に真摯に働いている、

ひたむきな社員の方々ですから。

社長であっても、それは役割としてそうであり、

心も、目線も、いつつも、みんなと

一緒だよ、と。

反対に

憲雄氏がいちばん嫌ったのが、

体育会系の権力ピラミッドです。

日大ラグビー部のような、上に忖度し、下には威張る奴らです。

家族なんかほったらかして彼は

まっしぐらにインテージと社員の皆さまを愛しました。

まっしぐらに、ね。

※写真は秩父のミューズの森の噴水です。

これは私だなぁ〜と思って撮りました…苦笑!

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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