今アメリカと中国の間の覇権的緊張感が高まってきましたが、
アメリカはともかく、中国は果たして覇権的に戦争をしようとしているのだろうか⁈
台湾有事は起きるのだろうか。
田下憲雄はインテージの社長を退任し会長になってから、
3年間中国に通い続けました。
私は会社の事業については一切彼から聞いていません。
ただ、
彼が中国で何をしたかったの本質的な事については聞いています。
憲雄さんは、インテージを
自分がやめてから50年は持つ会社にしたいと考えていました。
その鍵の一つに中国の存在がありました。
中国こそが、これからの世界で大きな影響力を持つであろうという事です。
それを、13年前の社長を辞めた時に
憲雄氏は考え、
果たして中国とは、本質的に、
いかなる国であるか。
中国の人々は、何を考え、何を
欲し、何をしようとしているか。
それを
見極める事。
それがインテージの未来事業に繋がる。と考えて、
当時は、1年の半分以上を中国で暮らしました。
彼が私に言ったいたことは、
「棲み込み」という言葉です。
実際に中国に住み込んで、中国の政治と民衆の実相を知る、という事です。
現代の若い人々は分からないかもしれませんが、
40余年前の中国文化大革命が、いかに狂気に満ち乱暴な革命もどきであったか。
毛沢東の権力争いに、紅衛兵という若者達が
集団ヒステリー的に利用されました。
監視と密告の社会では、
多くの政治家、文化知識人や芸術家たちが
首にその罪のカード(本当は罪でないのに)をぶら下げ、町の中を引きまわされ、
人民裁判で処刑されるという、
とんでもないファシズムの嵐が10年余も続いたのです。
中国とは、そういう
闇の傷を持った国と人々であり、
そこには、深い疑心暗鬼と
人間不信の傷があります。
また、そんな中で生き抜くには、
社会の規律(モラル)など信じないというか、倫理や規律の崩壊があり、
反対に、
家族とお金しか信じない、という超現実主義の中国人の価値感があると思われます。
文化大革命後30年を経た中国は、
一体どんな国になったか。
その根底にある、中国人の考え方や価値観は、如何なるものであるかを
しっかり見極めた上で、この大国とどう向き合い付き合ったらいいのかを、
私達日本人も考えなければなりません。
だからこそ憲雄氏は
実際に棲みこんで見極めようとしました。
ところが、
本当に残念な事ですが、
彼の後継者達は、それを理解できませんでした。
経営という事を近視眼的にしか捉えることができない彼らは、
いきなり憲雄氏を中国から外し、
遮断してしまいました。
○○○
インテージの皆さん、考えてみてください。
憲雄氏が手がけたポスシステムは、
13年かかりました。
最初の10年は、殆どの人々が、
彼のしようとしている事を、
理解出来なかったでしょ。
会社の中や世の中が、漸くざわつき始めたのは、
最終の段階の3年くらい前であり、
だからこそ、インテージは日本のトップを切って、ポスシステムを
作り上げました。
あの倒産寸前だった会社が、
日本ではトップになり、
世界7位までにもなりました。
本当に残念ね。
なぜ彼らは待てなかったのか、
余りにも後継者達が凡庸でしたね〜。
あのまま憲雄氏が、中国という国を見極め続け、
何をどのようにしたらいいのかの、
最終的な事業戦略を立てることが出来たなら、
それが彼の最後の贈りものとして、
更なるインテージの飛躍があったかもしれません。
彼の言う、自分がいなくなっても50年は大丈夫、と言う会社になったかもしれませんね。
会社の役員は、長期的な視野と、
世界を見極めていく「知力」が必要ですよ。だから、インテージなんだね。
○○○
毛沢東は社会主義革命をしたものの、農業政策しか持っておらず、
その為に中国の工業化が世界から大きく遅れてしまいました。
そのコンプレックスが今も中国にはあると思います。
そして、当時の習近平少年は、
文化大革命をどのように眺めていたのでしょうか。
そして何を考えたか…?
それを私は今の習近平氏に見ます。
多分、きっと、狡猾に立ち回ることを彼は考えているのではないか、と、
私は思います。
以上が、私の苦言です。

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