今日の話は難しくてちょっと怖い話です。
書こうか、書くまいか、迷ったのですが、ざっと大雑把に書いてみます。
大衆社会が液状化して崩壊が進む話です。
先日私は遂にヒステリーをおこしてしまい、ツイッターに以下の事を書いてしまいました。
◯
「デジタル社会はほんとうに生きづらい!
断片化されたデータが乱舞し、継続した思考や知性がぶち切られてしか伝わらない!
この大衆社会は、どんどん知性が崩壊してゆく!」
◯
デジタル化する事がすべて悪いわけではない。
むしろデジタル化を推進して欲しい事は、山ほどあり、
それが社会の無駄を省き、風通しを良くしてくれる恩恵すらある。
しかしIT情報社会になってから、
社会はどんどん液状化している。
それと同時に知性の階層の崩壊もどんどん進んでいる。
知性の階層とは、
明治以来に構築してきた知性の事であり、
それはそれなりの層を為しながら、日本の知の文化を形成してきたが、
その最後の層の人々がもう物故して居なくなりつつある、という事です。
そして、その先の知性は構築されずに
最後の砦であった大江さんも死んでしまった。
戦後日本には西洋デモクラシーが入ってきました。
それは自由、平等と博愛の素晴らしい理念であり、
戦争で全崩壊した日本は、
それをバックに新しい大衆社会へと
古さから脱皮していきました。
それまでの階級社会が崩壊し、
階層社会も崩壊し、
その代わりに大衆文化の台頭があり、異文化のアメリカ文化が入っ来て、さらにはテレビというメディアによって、大衆社会とその文化がどんどん日本中を制覇していきました。
ここまでは、日本人の知性を基盤にそのパワフルな大衆文化も日本の知的文化もある程度は保てていたのだと思いますが、
いつ頃からなのでしょうか、
日本の大衆社会に液状化が起こりだしました。
IT情報化社会が進むにつれ、過剰な情報の山は、
少しずつ市民社会の土台を崩していった様に思います。
それまで日本人の無意識領域にあった伝統的行動規範の希薄化や
知性や価値の分散化が起き、
人々が何がいいか分からなくなり、
モラルハザードが起きたり、
その一方で、
人々は、テレビやメディアで価値づけられたものに群がるようになりました。
反対にテレビやメディアに価値付けされていないもの、
有名ではないものには、殆ど反応しません。
その一方では、
テレビももはや斜陽の産物になりつつあり、YouTubeにとって変わられ、
そのYouTubeも、もはやTikTokに…と…。
それまでは、それなりにあった大衆社会は液状化し、
その基盤の解体が進みつつあると、
私は思うのです。
液状化が進むと人々は、
自分の主体がどこにあるのか、
また何を基軸に生きたら良いか、分からなくなります。
また、脳のデジタル化が進むと、
冒頭で私がヒステリーを起こしたよに、
継続した思考ができなくなり
断片化したデータや知識のみで
生きてしまいます。
そしてその解体の先に見えてくるのが、AIによる再編化です。
以上が、私に見えているものです。
この話は、社会が液状化していると
思わない人には、理解できない話であり、
私は間違えているかもしれませんが、
ただ、何かの参考になればいいと思います。
この話には続きがあります。
それは次回に。
つづく。

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