どんな存在にも大きな価値がある。

私が大学生の頃、サルトル氏が来日しました。

それで私も人並みに彼の本を数冊よみましたが、

まあ、当時の私の読解力では、なんとも分かりづらいものでした…笑!

今、脳科学を知り、脳の世界から見ると、

おぎゃ~と生まれた人間には、遺伝情報による脳と身体のデフォルトが、まずあり、

そこから人の人生が始まるのです。

間違えないでほしいのは、はじめからその人間に対する、

意味づけや、価値づけや階級、序列があるわけではないのです。

うまれついたその存在は、すべてその人間の固有のデフォルトの自分から始まるのです。

生まれついたその時から、その人の固有の人生が始まりますが、

そこから先は、自分が所属する、家族や周辺地域や国家の人間が作り出した、

●通俗的社会の文化(他人が作った文化)に●まみえていかざるを得ないのです。

通俗的文化にまみえながら、いつの間にか、

価値をつけられたり、否定されたり、存在の意味や序列の中で、●人間が苦しみ始めるのです。

通俗的社会での意味づけや、価値づけや、序列はすべて始めからあるのでもなく、

もちろん本質的なものでもなく、

●人間と人間社会が作り出したものです。

厳密にいうと<人間の関係性>が作り出したものです。

だからこそ、通俗的文化は、人種や民族や国家やその人が属する集団により

さまざまに異なるのです。

こう考えると、人間は、よほどしっかりと自分を打ち立てていない限り、

どんどん通俗社会に呑み込まれ、流れされてしまいます。

自分という者は、生まれついた瞬間から、自分固有のデフォルトがあり、

社会の中の一隅を占めるひとつの存在として、

いかに素敵に人生を創出するかですね。

大切な社会の歯車の一つとして、どんな存在にも大きな価値があることを忘れないことだと思います。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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