国家や組織は包括的であらねばならない、と
教授は主に今の中国の習近平の独裁の動向を指して言っているらしいのですが。
包括的、つまり広い多様性こそ生産性のベースであり、
逆に、
独裁の国や、上位下達の組織は必ず偏狭になっていく、と言う指摘です。
そういったものは、
権力者や独裁者の意向に沿った偏ったものへとなり、
最終的には硬直し、生産性を失う。
でも、よく考えれば、
こんなこと当たり前ですよね。
それがわからない愚か者は、
権力を握ろうとし、権利の周辺に、
単一的な価値しか持たない組織
取り巻きや派閥を、作っていくのです。
すべての、もの、こと、は、それは、国家も、社会も、勿論、会社も、
さまざまなな人間や、多様な要素やエネルギーが、
最初は混沌とし、複雑に絡みながら、
時間とプロセスの中で洗われ、そぎ落とされ、整理されて、
次第に周辺から中心(本質)へと到達してゆくのです。
賢い人間には、そのプロセスの全景がみえているが、
賢くない人間は目先のことしか見えない。
だから多様性を包括することができず、
次第に貧相な末路へと走っていくのです。
残念ながら,今の日本は独裁ではありませんが、
政治も経済も衆愚化しており、
まさに、単一的ジリ貧へと突っ込みつつあります。

憲雄氏の言う通り、会社は、
多様なミクロコスモスの世界であり、
そこには、できる人も、出来ない人もが、
コスモスの一角を担っているのです。
すべてが必要であり、必然であり、
そこにあるセレンディピティの偶然性は、すべての人に、
ほぼ平等にあると憲雄氏は言います。
実はそれが,凄いことなのです。
だからね、さまざま中で、
まずは、行動してごらんなさい。
チャレンジしてみてごらん。
そこからはじまるその以外性の中にこそ、
その人が見つける宝ものや、
新しい発見
新規事業、もある。
つまり,人は自分で育っていくものなのす。
◯
もう一度いいます。
神さまは、すべての人に、ほぼ平等に、偶然性をくれている。
あとは、その人たちが、
気づくことなのですね。
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