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自分たちの存在が、社会が、どこに行こうとしてるのかわからない。

今の私自身を例えるなら、

川の中で、必死に岩にしがみついて、流れに流されないようにしてる、

ありんこのようで、

一体人間はどこ行こうとしてるんだろう。

どこへ連れて行かれそうになっているんだ。

本当はね、みんなものすごく苦しいはずなんですよ。

それは、経済的な苦しさもありますが、

それよりもっと深いところにある苦しみといいますか、

自分たちの存在が、社会が、

どこに行こうとしてるのかわからない。

じっとしてると、やみくもに、

この軽薄でドロドロした社会と時代に流されてしまいそうな気がする。

それは今までのような思想や哲学では、抗しきれない。

どんどん機械化され、利便性とか、経済力とか、そういう化け物みたいなものが、

人間と社会を喰い荒らしている気がする。

自分だけが傍観してれば良いのではない。

自分だけが達観し、覚めて、群れを見ていればいいわけではない。

探し出しさないと、

私自身が、ヤバイ!

自分たちの存在が、社会が、

感覚や感性がどんどん希薄になっていく。

もっと自分の存在を生々しく掴むことはできないと、

人間は苦しいよねー。

そんな中で私もジーッと考え込む。

何か、何か探し出さないと、

自分が消耗して消えていきそうな気がする。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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