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人間はその牧歌的世界を失ったら終わり、その9、A I社会はほんとうに人間を幸せにするか。

さーいよいよ今回のテーマ、人間は、その牧歌的世界を失ったら終わりになるの本題に入ります。

実はもう何回もお伝えしましたが、

私がなぜ映画「どこかに美しい村はないか」を私費を投じプロデュースしたかは、

人間の牧歌的世界が失われることに対する危機の重大性を、感じたからです。

牧歌的世界が失われるそのリミットが、

迫っていると感じたからです。

人間と自然とが協働して作り出す、

この美しい田園と人々の暮らしを、

是非とも撮っておかねば,取り返しがつかない事になると、思いました。

それで遠野の山に囲まれた美しい田園と、

そこで働く人々を能勢監督に撮って映画にしてもらいました。

四季の風景と、手作りのお豆腐屋さん,伝統人形をつくる工芸職人。

更に稲を作り、林檎を栽培し、収穫する人々の姿。

そしてそれらを描いた,人間への愛情が溢れる、児玉房子さんのガラス絵の世界。

人間は余りにも、利益や利便性ばかりに走ってしまいました。

現代は人間が人間らしく、おおらかに生きる事が、

できなくなりました。

大自然の恩恵につつまれて、慎ましく、謙虚で、厳しくはあったけど、

豊かなる情緒と精神性、それは、

おそらく昭和と平成の始めまでであったと思います。

そこからは,荒々しく、騒々しく、忙しい、

利益優先の金融経済と政治へと突っ走りはじめ

ITの支配する、

神経が休まらないデジタルの社会へと移行し、 

確かに手続きは革命的に簡素化されていきましたが、そこから

遂に人間は、

人工知能のAI社会へと突入しました。

この社会、ほんとうに人間を幸せにしますか?

私から見ればこの人工知能も、

🔴まだまだ脳全体が解明されておらず、

脳のアナログ性のメカニズムが解明されてない中での、

不完全な見切り発車です。

経済効率の為に、見切り発車をする人間は、

傲慢である故の、うかつさがあり、

それはだんだん時代のツケとして、

現れてくると思います。

※アナログ性こそが、人間の本領かもしれませんからね。

そして私にとっては大きな、重大な危惧である、  

🔴私達は、牧歌的世界を失い、 

いよいよ人工的社会になっていくことが、現実となってきました。

      ◯

自然から切り離された人間は、どうなるのか。

⭕️この短絡する西洋人思想と文化が支配した500年の時が、

終わろうとしています。

日本の政府も、大多数の国民も、

この混乱に、しばらく翻弄されるでしょう。

しかし、日本という国が、

全く西洋とは異なる成り立ちであり、

歴史も、宗教も、思想も、哲学も、

全く彼らとは異次元の、

「山川草木悉皆成仏」という、

世界観の中にあること。

そこには、大きな包容力と、

生きとしいけるものすべてが、

生きているんだ、という、

認識と哲学があります。

それこそは、

豊かな四季折々、

山々や田園は美しく、木々と草花の賑やかな自然にかこまれた日本は、

🔴唯一無二の国です。

賢く生き残って欲しいと、

思います。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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