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現実感や現実認識が薄い日本人、現実逃避した文化がはびこってしまった。その4、何があっても日本人は、冷静沈着なリアリストであってほしい。

第二次世界大戦は、私はてっきり軍の暴走だと

思い込んでいた。

ところが司馬遼太郎さんも立花隆さんの二人ともが

戦争にたいする●国民大衆の高揚と熱狂があり、

軍も政府も、後に引けなくなったと書いています。

更に拙著「原色の女」で取材した高村光太郎は、

戦争を推進する詩を書いており、

そこには、西欧列強のアジア植民地から守るために

日本が戦争をするのだということが書いてありました。

つまり第二次大戦を歴史の連続性から眺めてみると

アヘン戦争以来の列強の植民地化に対する、日本人の危機意識が

有ったではないかと思います。

ただ、それにしても日本人も日本政府も軍もが

いかに、非現実的な認識しかもっていなかったが

致命的な敗北になりました。

そして結果的には、戦争がいかに悲惨で不毛かも

日本人は思い知りました。

それで、私が何を言いたいかというと、

何があっても、最後は国民なのです。

国民が安易に高揚したり、熱狂しないことです。

私はそこが心配なのです。

今の日本人は、非現実的なものばかりが流行り、

国際的にも、冷静なリアリストとは思えません。

是非、日本人は冷静なリアリストであってほしい。

何があっても冷静沈着な国民になって欲しいのです。

そして聡明で賢く、生き延びて欲しいと願います。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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