今回はドラマ「VIVANT」からちょっと離れますが、
昨日の続きとして、私達は脳の障害にどう向き合うかについて書きます。
先日息子と障害と言うことについて話しました。
息子の話では、才能とは、
その社会(集団)に適応できるかで,才能とみなされ、
適応できないと、
障害とみなされる、と言うのです。
その社会の秩序、掟(規範)、共同幻想(常識とか、共同の価値観など)に、
ちゃんとはまり込めるか否か。
しかしはまりこめなくても,
その社会になんらかの特殊な利益をもたらすとそれは、
障害と言われず,天才と言われる!
その最良の列が、アインシュタインでしょう!
つまり全ては、脳の現象であり、
全てが,
脳現象のバラエティ
多様性に過ぎないのであるが、
その社会,集団の秩序と掟にはまり込まないと、
障害とみなされ、異質化される。
なるほど、と私も思いました。
例えばLGBTも、遺伝子の問題であると分かってきましたね。
これからどんどん脳が解明されていきます。
今まで問題行動とされていたのが実は,
脳の偏りや障害現象から来るものであることが,
分かり始めています。
これは私の見解ですが、
人間だれもが、大なり小なり、
脳の偏りや障害があるのではないか、と考えています。
大きく突出したり、偏ると、
それが社会の中で、
違和感や脱落感をみせるのであり、
平均的な脳などないのではないかと
考えています。
だからこそ、
その脳の多様性が生かされる社会になることを私は希望します。
その為にはまず私達がもっている
既成観念、偏見、
異質や異和に対する否定観念、
また
偏見から来る不安を取り除き、
克服していかねばなりません。
その一方で、障害とみなされていた
脳現象の中に息づく、
多様な才能を、生かすこと、を
人々は考え、向きあなければならないと、
思います。
その為には、
脳に関する勉強を始めること。
最終的には、
人間みんなが差別なく、
同じ尊厳を受ける文化と社会へ移行する為の、ベクトルを、
社会文化として作ることですね。
それが叶っていくかどうか、わかりませんが、
その時,もう私はいません。しかし、
その為に今、一生懸命に書き残しておきます。

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