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ドラマ「VIVANT」をみて3障害は、脳の多様性であるという認識!

今回はドラマ「VIVANT」からちょっと離れますが、

昨日の続きとして、私達は脳の障害にどう向き合うかについて書きます。

      ◯

先日息子と障害と言うことについて話しました。

息子の話では、才能とは、

その社会(集団)に適応できるかで,才能とみなされ、

適応できないと、

障害とみなされる、と言うのです。

その社会の秩序、掟(規範)、共同幻想(常識とか、共同の価値観など)に、

ちゃんとはまり込めるか否か。

しかしはまりこめなくても,

その社会になんらかの特殊な利益をもたらすとそれは、

障害と言われず,天才と言われる!

その最良の列が、アインシュタインでしょう!

つまり全ては、脳の現象であり、 

全てが,

脳現象のバラエティ????多様性に過ぎないのであるが、

その社会,集団の秩序と掟にはまり込まないと、

障害とみなされ、異質化される。

なるほど、と私も思いました。

例えばLGBTも、遺伝子の問題であると分かってきましたね。

これからどんどん脳が解明されていきます。

今まで問題行動とされていたのが実は,

脳の偏りや障害現象から来るものであることが,

分かり始めています。

これは私の見解ですが、

人間だれもが、大なり小なり、

脳の偏りや障害があるのではないか、と考えています。

大きく突出したり、偏ると、 

それが社会の中で、

違和感や脱落感をみせるのであり、

平均的な脳などないのではないかと

考えています。

だからこそ、

その脳の多様性が生かされる社会になることを私は希望します。

その為にはまず私達がもっている

⭕️既成観念、偏見、

異質や異和に対する否定観念、

また

⭕️偏見から来る不安を取り除き、

克服していかねばなりません。

その一方で、障害とみなされていた

脳現象の中に息づく、

⭕️多様な才能を、生かすこと、を

人々は考え、向きあなければならないと、

思います。

その為には、

⭕️脳に関する勉強を始めること。

最終的には、

人間みんなが差別なく、

同じ尊厳を受ける文化と社会へ移行する為の、ベクトルを、

⭕️社会文化として作ることですね。

それが叶っていくかどうか、わかりませんが、

その時,もう私はいません。しかし、

その為に今、一生懸命に書き残しておきます。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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