憲雄氏の本棚にはあちこちにイノベーションの本があり、多分それからして憲雄氏は、
現代におけるイノベーションの本質を掴みだそうとしていたのではないか、と思われる。
リスクを背負わず口をあけて、上から落ちてくる餅を待っている棚ぼた人間です。
官僚というのは、棚ぼたから税金という餅が落ちてくるから、無能になる、と言っていました。
それともう一人、調整型の人間で、コイツらは、リスクを背負わず調整ばかりしてバランスを取り、チャレンジ精神に欠ける。
このタイプはいわゆる受験脳の人間に多く、姑息に頭がいい、と。
姑息に頭がいい代わりに、現状維持しかできない。
シュンペーターも言っているように、経済は生き物であり、常に変化する不確実性性の中にある。
むしろ経済が予定調和になった時にその経済の死が始まる。
現実の荒々しい現象の中の、
確率で表すことの出来ない「不確実性」に直面しながら、
自分の直感をセンサーにして,闇の中を手探りで探していく。
この直感については、亡くなった統計学者の後藤秀夫先生から、教えてもらった。
我が家に来られた後藤先生が、お酒を飲みながら、
啓子さん、山ほどあるデータの中から、一筋の金の鉱脈を探し出すには、どうしたらいい?と問われた。
その時は、何もわからなかったが
しばらくして、それが自分の直感こそが、手掛かりなのだと気づいた。
いわゆる因果論的決定論を超えてなおさらに、
不合理とも思える世界からも方法論をさがしだす。
それはまさにベルグソン的方法論でもあり、
私自身が最も拠り所としているベルグソンの「エランブィタール(生命の発火)」の世界でもある。
自分の中の全データが、魂と共に発火して、ハッと閃き、
より高い次元の答え(ソリューション)が降りてくる。
そしてそれは、
シュンペーターのいう静態的人間の経済、
いわゆる上記にかいた棚ぼた人間の経済、また調整型自己防衛の経済の人間には、
降りて来ない。
なぜなら
脳のリサーチ機能は、
探す、探し求める、
あがきながら、もがきながら、探す、という
危機の中でこそ、
フル回転に機動(起動)するからです。
現状維持ばかりする産業,
リスクを負わずチャレンジしない経済はいづれ消えていく,ということは、
脳の道理(機能原理)でもあるのです。
とにかくあがけ,もがけ,失敗しても諦めない。
最終的には自分の中を手探りでさがし、追い求める中に、
一筋の金の鉱脈(イノベーション)が見えてくる,ということですね。

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