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漱石の預言3、漱石が直面した西洋文化!

🔴このシリーズんはこれからの世界情勢や未来の日本の在り方について、とても大切なことを書きます。

シリーズ最後まで読み通していただけると幸いです。

夏目漱石という人は大変な知性と教養があり、仏教や儒教、漢学や漢詩にも精通していました。

つまり彼は東洋的思想と哲学の人なのです。

その漱石がイギリスに留学し、いわゆる西洋人の世界に直面します。

彼の感覚、感性は勿論、イギリスでの思想や生活の、何から何までに、

かなり違和感を感じたと思います。

鋭い人ですから、西洋人の差別的視線や偏見をも敏感に感じ,またその反対に、

彼から見た西洋人の粗雑さや、

謙虚さには程遠い自己顕示の強さや支配欲にも閉口したと思います。

もう皆さんもお分かりかと思いますが、

西洋キリスト教、或いは中東イスラム教世界と、

東洋の仏教、または儒教的世界は、まるで違います。

例えば、キリスト教やイスラム教の説く愛の世界はとても感情的ですが、

仏教や儒教の慈悲の世界は、

⭕️感情ではなく理性です。

そして仏教は、キリスト教やイスラム教のように、

唯一の神に支配され規範(掟)を守るのではなく、

仏の説く哲学や理想的理念のもとに生きよ、

という宗教です。

更にいうなら、

東洋の思想は、いわゆる情緒の世界でもあります。

例えば、数学者の岡潔先生の、数学は情緒である、というあの情緒です。

ちょっと難しいかなぁー。

情緒という、

ちょっと曖昧ではあるが、

その気分の底には、

互いの中に清風が吹いている,という世界とでも言いましょうか。

そういう、東洋人の、感性感覚と、そこから立ち上がってゆく思想、哲学が、

西洋の対立を基にする感情文化とは全く異なる、ということです。

互いに征服しあうのが西洋人。

彼らの潜在意識には、

和をもって尊し、なんていう東洋思想など通じないと、私は思います。

そのいい例が、

ウクライナ戦争であり、

イスラエルとイランの戦いです。

つまり、

明確な取引(ディール)や契約で成り立つ西洋文化的と、

なんとなく信用しあう日本の関係性文化は、

天と地ほど異質なのです…苦笑!

漱石はそういう西洋思想などにかぶれたり、引き込まれたくない、と考えています。

そして漱石は「三四郎」を書き上げた後、むしろ東洋思想に向かって突き進んでいきます。

もう、ストレイシープ、でないのです。

そして最後に辿りついたのが「則天去私」でしょう。

私流にいうなら,

良寛の「騰々任運」

運を天に任し、

のほほん、のほほん、ですかねー…笑!

東洋の思想は自然と対峙しながら、

共生し、協働して生きる、というものであり、

それに対し、

科学を以て突き進む西洋の人工的なものはいつか滅びると、

漱石は考えていたと思います。

それが「三四郎」や「行人」のあの言葉ではないか、と思います。

そこには、明らかに西洋とは違う人間観があります。

次回はちょっと横道にそれますが、

その人間観や東洋思想に関連して、

明治なってから入ってきた西洋文学について、

漱石が他の文学者とどうちがったのかを書きます。

       つづく

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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