前回書いた道元の「全機」のような
情緒による認識は西洋にはありません。
故に、西洋は科学という、
実験と実証による数値(論理的整合性の世界)を以て、
世界を検証しようとしているのです。
ところが日本は、
脳科学も、量子物理学もない、700年以上も前の鎌倉時代に、
これほど優れた認識をもっていた日本人道元が、
いたということです。
更にシュレディンガーの猫の「生と死の同時性」についても、
「禅」の世界では、人間は常に生と死を同時に営みながら生きているという認識があります。
脳の中は、常に電子達がシンフォニーのようにその量子的世界を走り回っている。
つまり実際の所、肉体も常に細胞が入れ替わり、脳はまさに、
一瞬一瞬の一回性で変化する中で、
人間は常に生と死が、
重ね合って生きているのです。
そして人間は常に脳の思い込み
仮想のシュミレーション世界を、
まるで、
現実だと錯覚しながら生きている。
道元も,日本禅の叡智は、この事をわかっていたと、
思います。
脳とは、突き詰めて言えば仮想とシュミレーションの機器でもあります。
思想家の吉本隆明氏は、
仮想と仮想が集まって社会ができる事を「共同幻想社会」と名づけました。
では錯覚ではない世界はどこにあるのかというと、
それはみなさんの身体と脳の無意識層に、ちゃんと記憶されているのです。
ちなみに意識社会は、無意識が、
「ひっくり返った意識」で作られた集合体です。
そこで私はみなさんに、
お訊きしたい。
皆さんは、何が正しくて、何が間違っているか、
ホントは知っているのでしょ。
しかし、皆さんは、
自分では正しいと思うことを確信し、
それを表明しながら生きていますか?
自分の本心は一応懐に入れておいて、
世間の様子を見たり,そんたくして、
世間に
まかれて生きていませんか?
つまり世の中とは,虚実、駆け引きが、
まかり通る世界なのです。
しかし、それでも実は、
この何が正しいか、という事は、
私達がそれをちゃんと認識する(知っている)脳の部位があるのです。
それは、人間が人類史の中で獲得した、
大切な脳の部位が反応するのです。
つまり私達は、知っているのです。
例えば、とても高邁なことや,感動的な事や崇高な行為に出会うと、
目の奥がじーんと熱くなり、胸が高まるでしよ。
そこには、確信があるでしょ!
それは目の奥の
眼窩前頭皮質という部位が反応しているのです。
私達の情緒と直観が、ちゃんと反応してくれているのです。
しかし、
しかしですよ。
私達が、世の中や,他人を忖度し、
また,自己防衛や、利害,損得を計算し、自己中心の発想をしたり、
自分の中の,直観や,本当と,思っている事を、
誤魔化したり,取り繕ったり,
見ないフリをしてしまうと、
私達の情緒は歪み、直観も汚れて鈍くなってしまいます。
脳は使っているところが強化され、
使っていないと廃れていきます。
当然、正直でなかったり、自分を誤魔化してしまったりする事が続くと、直観は鈍り,更には歪んでいる事すら感じなくなります。
そして、こういう,本当の事に反応する直観を、
天才数学者であった岡潔博士は、
純粋直観と名付け、書いています。
純粋直観は、単に正しく直観したり、まともな情緒が湧いてくるだけではなく、そこから、
さまざまに創造性や発見や発明に繋がっていきます。
純粋直観これ、脳が命を生かそうとする、最大のサインなのです。
どうでしょうか、私達は、この純粋直観に繋がって生きていますか。
いやむしろ、現代社会がどんどんおかしくなっているのは、
この純粋直観に繋がらない人々が増えたからではないか、と、私は考えています。
政治ゃ官僚が、公文書を改竄しても、改竄した官僚が出世したり、
賄賂、収賄,裏金が,公然化しても、見ないフリをする国民。
本当は核を持つ事も、戦争をすることも、それがどんなに愚かしいかを知っているのに、
核を持つことが抑止力になるという
インチキを容認してしまう日本政府。
ウクライナ戦争やイスラエルによるガサの惨たらしい殺戮が、なぜ、
黙認、是認されてしまうのか。
おかしいでしょう。
なぜ、アメリカや西洋諸国の衰退が起き、
世界中が、ハゲタカファンドの餌食の経済になり、
なぜ日本の経済が30数年も、停滞したままなのか、
なぜ人口減少が止まらず、
人々の中に格差さと分断が広がり、
虚無がひろがり、希望が見えないのか。
おかしいでしょう。そしてさらにそんな中、
ほんとうに、これからの社会が、
AI社会になって、
人間は幸福になるのか?
◯
皆さんは、自分の正しい直観世界と
繋がっていますか。

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