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21世紀こそは、人間の文明を検証する時代であり、いよいよ美しい、そして高邁な知性の時代にしなくてはならない

何度も書いているが、人間の脳は、ひとりひとりが

自分の脳というカプセルの中に入っているようなもので、

人間は、自分の脳データと身体のバイオデータを通してしか、

外をみることができない。

つまり

すなわち自分以外人間のことも、

自分の外で起きる様々な世界やその現象をも

自分の脳がもたらすデータを通してしか

理解することができないのである。

故に

他者こそは、自分にはないものを教えてくれる存在であり、

更に

学問、科学の知識は、

自分の脳内データの限界を超えて、

自分にも他者にも起きうる普遍性や、

事物、現象の普遍性を教えてくれるものなのである。

自分の脳内データが豊かになり、

その観察力、集計、統計力、そして分析力、考察力という

能力が高まり、成熟すればするほど、

世界はなんど広く大きいか、ということが見えてくる。

反対に、まだまだ自分は

知らないことだらけ、だという、

謙虚さに満ちてくるのである。

他者は新しい知識をもたらしてくれるまれ人でもあり、

それぞれの人は、

それぞれの脳と身体と作り出すそれぞれの生き方を

生きているのであり、

その生き方を通して、常に、瞬間瞬間、自分の中を修正しながら、

いかにも自分らしい生き方を

生きてゆくのである。

そういう中、人間の記憶も少しずつ遺伝されて、

人類は高等なる世界を獲得してきた。

人間の記憶は、その人間の認識が、

○○は○○だという風にはっきり遺伝されるのではなく

ふわっとした外郭で、おおまかに

なんとなく、漠然と、遺伝されてゆくらしい。

自分達が感動したもの、心を打たれた記憶の集積が

人類史の中で長い時間を経ながら、やがて

前頭葉の理性として形成、確立し

高邁なことに反応をする部位(眼窩前頭皮質)を作ったと、

思われる。

だからこそ、極端な例外を除いて、殆どの人には

良心があり、他を思いやる情が湧き、

自己を省察、内省する力が、あるのである。

今回のプーチン氏を見ると、なんとも脳が未熟であり、

更に、嘘をつくとか、人を陥れるとか、凶暴に破壊するとか

まあ、おそよ人格の成熟にはほど遠い。

こういう人間は、たしかに権利力の座についてはいけないのである。

私たちは

20世紀という戦争の世紀をいかに総括し、

新しい人類の生き方、

お互いの国が、お互いに生きあう、そういう豊かさの世紀として、

時代に向きあわなければならない。

21世紀こそは、人間の文明を検証する時代であり、

一方方向に進む人間の欲望の文明ではなく、

限られた地球の資源の活用と、すべての人間が

共生、共存し合うための知性が高められる

いよいよ美しい、そして高邁な知性の時代にしなくてはならないと、

私は考える。

もうそういう時代へ向かってのベクトルが放たれなくてはならない。

戦争がいかに古臭い最も劣悪で、稚拙な知性であるということを

世界中の人間が周知している。

ウクライナを焦土にしないこと、

マリウポリを一刻も早く、救い出されることを

祈りながら、書きました。

チューリップが咲いたよ!
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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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