ある高名な評論家の方から、メッセージメールを頂きました。
私も尊敬する、ひたむきに映画の評論を執筆されてきた方です。
ただ、今彼のその仕事にも、そして
人間や社会に対してもの不毛観や失望感があり、
先般私が書いた河瀨なおみ氏の記事の中のことば、
に疑問を呈されてきました。
「・人して在り、
・人としての心と温度を失ってはいけないこと>
に関して有効に感じられますか?」
それでこのご質問にも答えるべく考えたことを書きます。
まさに私も彼同様に、今の時代に対する失望、
人間に対する不毛観があります。
そしてこれまで、
日本と日本人とが築いてきた、
日本の知の世界、倫理の世界が
少しずつ崩壊していく様に対して
悲しみにも似た不全感があります。
正直に書いていきたいと思います。
〇 〇 〇
○○様
随分、疲れ切りましたね。少し休憩が必要ですね。
更に、時代はどんどん悪くなると思いますから、
この時代に巻き込まれないように、
暫くは群れから離れて、静観することも大事です。
人間は、元々が、個々の脳と身体の世界をいきています。
つまりは、個人の思い込みの世界を生きています。
すなわち、人間は、断然を介してしかつながれないのです。
それでも、人間の脳は、
他者と共生する為に前頭葉の目の奥に、
眼窩前頭皮質という、高邁な事、高次の精神性に反応する部位を作って
進化してきました。
それこそが、人としての心と温度を、
◎無条件に察して行動する部位です。
ところが、素直に生きることや、
素朴に生きることを、おろそかにし、
頭で考えた世界を優先させていると、
脳は、だんだんそういう素朴な反応が退行していきます。
河瀬さんの発言も、
今のドキュメンタリー映画界も、そういう頭でっかちに毒されている様に、
思います。
そしていま、人間に、或いは世界に希望があるかというと、
今、これからは、希望の無い時代がはじまります。
極端に言うと、そういう風に私は考えています。
つまり、人間が近代文明に毒され、
更に経済優先という密に漬かりきり、
一方では、
IT文化がもたらす過剰な情報の山に埋もれるストレスを
抱こんでしまいました。
そしてグローバル化世界がもたらす、
文明の段差が混乱錯綜する中、
人間は、世界の多様性という
●幻想の嵐に巻き込まれてしまいました。
多様性とはいかにも良い響きではありますが、
その実、それを引き受けることは、
翻って、その人間の、その集団の国家の人種の
●ドメインの一角が崩れる危機とストレスを孕むということでも
あります。
つまり、人間及び、人間の脳は、ある一定のドメインしか、
引き受けられないのです。
そのドメインの中でこそ、安定するのですから。
そして、
世界は、まだまだ、文明の進化の段差の中にあります。
例えば西欧諸国の文明とイスラム圏の文明には、
多く差異があります。
更に中国やアジアや、南アメリカ、そしてアフリカなどの
それぞれの建国事情と宗教なども、差異があるにもかかわらず、
余りにも、安易に考え、
つまり
世界における知性とその成熟、つまり自由、平等、平和に対する
理念の落差をしっかり認識しないままに、
経済優先グローバル化を幻想して、つながりました。
その結果、
独裁国家や抑制のない国の利己的欲望文化が跋扈する
そのパワーバトルの中に
ウカウカと日本も入ってしまったのです。
そんな中、日本の中でも
これまで積み上げた、日本の良き文化と知性が
地崩れを起こしています。
せっかく日本人が確立した、他者との素朴は信頼関係が
次第に擦り切れ始めています。
つまり、人間はこれまで体験した事の無い、
世界の文化と文明が錯乱、混乱するルツボに放り込まれて
しまいました。
そして残念ながら、日本人は、依然に比べて、脳と知力の劣化が甚だしいです。
脳の退行も知力の劣化も文明の進化に比例してしまうからです。
知力及び脳の成熟には、たくさんの脳と身体の経験値や
体験知が必要だからです。
AIテクノロジー社会においては、
その大事な体験知や経験値をAIロボットに奪われてしまうからです。
この脳と知性の劣化は、いよいよ進むと思います。
そして、いよいよ行き着くところまでいったら、また、そこから、
新たに私たちは、
人間の知性の文化を作り直さなければならないでしょう。
私自身も力尽き、何度も絶望するなか、
それでも、素朴に生きている人々を信頼し、
自分の気持ちを立て直し、立て直しして生きています。
世の中は、常に無常なるもの、しかし、それでも、
「謄々任運」
運を天に任せて、のほほん、のほほん、で
行きましょう。
良寛の言葉です。
どうぞ○○さんも、全力で走って来られたと思いますから、
もっと気楽に、素朴に、また、
楽天的に生きましょう。
わたしもご一緒いたします。

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