言葉は芸術と書いたが、司馬さんは、こうも、書いておらる。
「魅力のない言語は、拷問にひとしい。」(風塵抄 司馬遼太郎)
言葉を整理することは、頭の中を
整理することでもある。
頭の中が団子状態になっているのを、
言葉を選び、必要ない言葉を捨て、
さらに、
修飾的な言葉を削ぎ落として、文脈を作り、話す。
これは結構大変な脳作業であり、
司馬さんのいうところの、
鋭敏な訓練でもある。
もう一つ、私が大事だと思っている事がある。
それは、
●言葉が塾するまで喋るな!
という事です。
自分の頭の中に浮かんだ言葉が、
相手や他者に十分に理解されるかどうかを、よく考える事。
考えたら、今、その言葉を吐いた方がいかどうかを考える。
そしてその言葉が、未熟であるなら、熟すまで脳の中で保留しておく。
つまりすぐに反応して中途半端に、
ペラペラと喋らない事。
また、
ああいえばこう言う、いう風に、
イソギンチャクみたいにすぐ反論せず、
一旦は、言葉を呑み込んで、頭の中で一周させてから、しゃべる。
或いは、
言葉を一旦呑み込んで自分の腹に置き、
それが十分に熟し、整い、
話す機会が熟したら話す(喋る)。
これができると、ずいぶん人格も
熟してくる。
「言葉は、熟すまで話してはいけない」は
ミハエル・エンデの童話「モモ」に、マイスター・ホラの言葉として書いてある。
若い時分に、未熟に言葉を撒き散らしていた私が、
ふかく感銘を受けた言葉である。

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