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◆言葉は、熟すまで話してはいけない!

言葉は芸術と書いたが、司馬さんは、こうも、書いておらる。

「魅力のない言語は、拷問にひとしい。」(風塵抄 司馬遼太郎)

私流に言わせてもらうと、

言葉を整理することは、頭の中を

整理することでもある。

頭の中が団子状態になっているのを、

言葉を選び、必要ない言葉を捨て、

さらに、

修飾的な言葉を削ぎ落として、文脈を作り、話す。

これは結構大変な脳作業であり、

司馬さんのいうところの、

鋭敏な訓練でもある。

もう一つ、私が大事だと思っている事がある。

それは、

●言葉が塾するまで喋るな!

という事です。

自分の頭の中に浮かんだ言葉が、

相手や他者に十分に理解されるかどうかを、よく考える事。

考えたら、今、その言葉を吐いた方がいかどうかを考える。

そしてその言葉が、未熟であるなら、熟すまで脳の中で保留しておく。

つまりすぐに反応して中途半端に、

ペラペラと喋らない事。

また、

ああいえばこう言う、いう風に、

イソギンチャクみたいにすぐ反論せず、 

一旦は、言葉を呑み込んで、頭の中で一周させてから、しゃべる。

或いは、

言葉を一旦呑み込んで自分の腹に置き、

それが十分に熟し、整い、

話す機会が熟したら話す(喋る)。

これができると、ずいぶん人格も

熟してくる。

「言葉は、熟すまで話してはいけない」は

ミハエル・エンデの童話「モモ」に、マイスター・ホラの言葉として書いてある。

若い時分に、未熟に言葉を撒き散らしていた私が、

ふかく感銘を受けた言葉である。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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