前回お読みいただいた方はもうお分かりかと思いますが、
脳の中もインパルスのタイムラグがあり、
最初に反応するのが、感情や本能の部位で、
理性の部位まで到達するには時間がかかるのですね。
だから何かあるとすぐ感情的に反応してしまう人のほうが人圧倒多数です。
そして、多くの人々が
自分に不毛なブレーキ掛けているのが、現実だと思います。
つまり、人間は普通、よほど理性的な人でないかぎり、
辺縁系にある、
恐れ怒りや自己防衛や、
不安がこびりついたまま行為、行動してしまいます。
だからこそ人間はトラブルが絶えず、人間関係が厄介なのです。
特に日本人はなんでもかんでも感情的に判断する人が多いように思います。
それが、心理不安の病理にもなっていると、私は思いますが。
殆どの人は、そう言う状態だと
思います。
そうではなく、
ものごとをいちど脳内に保留し、
理性でじ〜っと深掘りしてから、行動に移すこと。
常に、一回、理性の回路を通す。
そう言う●脳のトレーニングをする事で、
さまざまに自分が陥っている、自分の脳の厄介な習慣や、ストレスや、汚れからも、
抜け出せると私は思います。
さて、次に創造性のタイムラグですが、
私の場合、この脳のタイムラグや、
脳内に長期にわたるデータ保留の後に起きる奇跡的創造に、
いつ気づいたかと言うと、
多分30代半ば頃ではなかったかと思います。
私は両親の教育方針で、子供時代は漫画は一切禁止され、幼い頃から本、特に文学系の本ばかり読まされて育ちました。
そこから推察すると、私の脳内には、読んだ本の文章の断片が、あちこちに図書バンク化されていたのではないか、と思います。
しかし私は大学時代、
友人達からは、パッチワーク人間と言われていました…苦笑!
いつも言っている事や、書いている事が面白いが、飛躍が多く、私の話を聞いている人は、
断片的には理解できるが、論理的一貫性がない為に、
最後は何のことやら、漠然としか分からないかったらしいのです。
ところが30代のある日、
宮澤賢治の詩「春と修羅」についての評論を書いているうちに、
それまで、断章、断片であった文が、一気に一本の線になり、
論理的整合性を持って現れたのです。
まあ、脳の中の点が、一気に線で繋がったと言う感じでした。
言葉と文章が、頭の中に降ってきた、と言う感じでした…。
それをミニコミ誌に載せたら、みんなびっくりしたようで、
あのパッチワーク人間がどうしたの?と
唖然としたようでした。
以来、私の頭の中には、文章が降って来るようになりました。
この時私は、
恐らく長年読書の中で、
自分の中に溜め込んでいた言葉や文や、断片的に考察していたことが、
一気に形として内熟してきたのだと思いました。
それが評論小説として形になったのが、36年前に高村智恵子の事を書いた「原色の女」ーもうひとつの智恵子抄ーです。
もうこの時は、書いているペンが追いつかないくらい、言葉が天から降ってきて、
4百字詰原稿用紙約600枚を、一ヵ月弱で書きあげました。
次から次へと言葉が降りてくるので、
編集者に、イタコ文学だと、笑われました…笑!
○
脳の中のタイムラグ、素晴らしいです。
○
脳は、その人がさまざまに溜め込んだ知性とデータをしっかりと
使いこなして、創造し、生産してくれる凄いマシンです。
○
以来、私はいつも自分の脳を信頼しています。
意識では見えない事も、
脳の無意識領域ではちゃんと把握しており、何かあったら脳に聞きます。
目つぶり、精神を統一して、脳に聞きます。
ただ、時々、私にとっては厳しく辛辣な事実もうかんできて、
それを正直に受け入れなければならないこともあります…トホホ!
それで、ちょっと蛇足になりますが、今回撮った映画「どこかに美しい村はないか」も、
脳に聞いたら
これでヨシ、と言っていました…笑!
また10年前にプロデュースした映画「真艫の風」は、
きっと10年後に、この映画の意味が関係者には伝わるだろう、と思って撮りました。
おそらくそうなると思います。
残念なのはご出演いただいたC・W・ニコルさんが亡くなられたことです。
私はいつも10年くらいの射程を考えながら行動を起こしています。
人々が冷静に物事を受け止め、事実の詳細や真実を理解するには
それくらいの時間を要します。
だから多分、この二作の映画も、
何十年後かには、きっと理解されたり、評価されるか、何か役に立つと思いますよ。
そう言う使命感でつくりましたから。
○
脳の無意識領域をいかに人生に有効に使うかは、
無意識領域を、
感情や脅迫観念や、不安や恐れや
自己防衛や怒りやさらには嫉妬や
妬みやコンプレックス、
そして言い訳の、
ゴミ箱状態にしておかないことです。
それよりも、颯爽たる創造性の
Bankにしておくこと。
あなたは自分の脳をどのように使い人生を全うするのでしょうか。
いずれにしても、善き人生の為にこそ、
脳があるのだと、思います。

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