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M1、ウエストランド井口君ががぶち込んだひとつの夜明け!

今年のM1は何から何まで異色であった。

まずM1宣伝のPVが今までには無いクオリティの高さであり、そこには、

人生を賭け戦う若者達のM1への思いが高らかに描かれていた。

二つめは、優勝候補といわれていたこれまでの定形的なベテラン,中堅芸人達が予選落ちし、

私などには馴染みの少ない芸人達が最終決戦に残った事。

しかし、そのわけは、

M1の幕が上がったと同時に全て明らかになった。

今年のM1は、新しい才能がキラキラと輝いていた。

さらには、

優勝したウエストランドのように、

ここまでやり切らないとダメなんだぞ,という強烈な芸人魂を持つ事が

芸人達自身に突きつけられていた。

それを分かっている主催者、審査員もすごい。

決勝戦には上がったが,オズワルドや男性ブランコレベルでは,ダメなんだ,という事。

なんだか小難しいことや,洒落た事やわかりにくい事が、

誰でも笑えるレベルまで、

咀嚼され、

粉々にされていないとダメなんだぞ、と言う事。

なんだか分からないが、

ヨネダ2000には笑いこけた。

独りよがりじゃ,客は笑わない!

そういう事で言えば、PVで使われていたウルフルズ、トータスの言葉は素晴らしい!

そして決勝の3組は、

たしかに完成度が高かった。

<さや香>はオーソドックスだけど磨き上げたしゃべくりの芸があったし

<ロングコートダディ>は、新鮮な感覚がありました。

そして極めつきは、

懐の短刀を抜いて斬りまくった<ウエストランド>の井口君。

実は芸人の原点は、攻撃性です。

芸人の始原も,攻撃性です。

安心と安全の代償に、

社会に飼い慣らされ,

牙を抜かれた市民が、

その体内に溜め込んだフラストレーションの毒を代弁したのが

芸人の始まりです。

本当は思っているけれど、

言っちゃいけない事や、

タブーにされ、見ないふりして口をつむぎ、

忖度,へつらい、無関心と傍観の中で生きる市民の息苦しさを代弁し、

言いたい放題に、

お上を揶揄し、コケにして毒づき、笑い転げる。

それを見て一緒に笑ってスッキリする民衆!

それが

芸人の原点です。

河原乞食という無産の人間故の、

その自由と反骨が、

お上や支配階級をコケにして、

仮面を剥がし、

そして大衆からはオアシを貰う。

今世の中、芸人といえども、世間やスポンサーの顔色を見ては忖度し、偽善としりながら、それをよけている芸人。

それがいかに芸人道から外れているかのかを、

芸人自身は知ってるはずだよねー。

ウエストランドの井口君は、よく頑張りました。

一歩間違えたら、八つ裂きにされ、ムシロ巻きにされて川に放り込まれるかもしれない中、

もう死ぬ気で

皆んなが思っている本当のことを,

ぶちかましましたねぇ。

これぞ芸人の本領です。

そして、それを受け止めた審査員達も,すごかったです。

平和ボケし、無関心と他人事の国民に成り下がっている人々。

ある時目が覚めたら戦争になっているかもしれない今のこの国の大衆に、

本当の事をぶち込んで,叩き起こしました。

泰平のぬるま湯の中で

未だ目が覚めないこの国に、

M1が、井口君が、そして審査員が

ひとつ穴を開けてくれたと思います。

これが夜明けなるかならないか?

なるといいねぇ〜?

おめでとう,ウエストランド!

私もねー、

さしさわりの無い事や、

当たり障りのない事ばかり書いてもなぁ〜と、

反省します。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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