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芸術生活その23、リアリスト日本!

駐日アメリカ大使であり、日本研究者でもあったライシャワー博士は、

日本人は乃木稀典、江藤新平、西郷隆盛が好き、しかし

彼等はうっかりすれば国を滅ぼしたかもしれない連中で、

逆に今日まで日本を維持できたのは、彼等の対極にあったリアリスト達、

児島源太郎であり、大隈重信であり、大久保利通ではないか、

日本人はよくわからない、と

文藝評論家の江藤淳に、訝しげに聞いていたそうだ。

なるほど実は私もそう思います。

そう言えば、

私の故郷山口県長府の乃木神社へ家族で行った時、

憲雄氏も、乃木は無能で沢山兵士を死なせたが、それに比べ

児玉源太郎の方がはるかに優れた武将であったと、言っていました。

が、

皮肉な事に憲雄氏の実家の寺の庭には、乃木稀典自筆のおおきな石碑がある…苦笑!

という訳で、おそらく皆さんとは違う脳の視点から、日本のリーダー達を分析してみます。

このリーダー達の姿の中に、日本と日本人の優れたドメインがあると私は考えます。

私の独善的な分析でもありますから、どうぞ、面白がって読んでください…笑!

西洋のリーダー達は拡張型が多く、彼らは世界征服を求めて覇権していきます。

今の国際社会もその構造は変わらず、かろうじて均衡を保っていますが、

安穏な日本は、G7などとかつがれ、ウカウカとそこに突っ込んでいます。

ところが歴史的に日本みると、

日本での拡張型のリーダー達はことごとく失敗してしまいます。

拡張型の代表は織田信長ですが、自らの世界観を拡張し、最後は神になろうとすらしましたが、失敗しました。

また秀吉も拡張型のリーダーです。

が、

最終的には朝鮮で失敗し、一族は滅ぼされてしまいました。

そして決定的なのは、

日本の軍部も太平洋戦争では見事に敗北しました。

日本は無残な敗戦国となりました。

つまり、日本では、自我が拡張型の人間は、みんな敗れています。

それは自然環境、歴史環境から言って、

海に囲まれているこの小さな国は、

もともとは、自制心の強い国だからだろうと、私は思います。

拡張型ではなく自制心の強いリアリスト、

収縮型のリーダー達が、

確実に歴史的な仕事をしています。

昨年の大河の頼朝、北条義時、泰時、

さらには足利義政。

義政は、政治家としては失敗したと思われていますし、ある種の無能でした。

しかし、かれこそが、外の戦乱に覚めきり、

日本の文化の骨格を守り通したと私は思います。

そして徳川家康、更には大久保利通などなどです。

大久保利通も暗殺されましたが、かれこそが、近代日本の骨格を作りました。

ただ、北条義時は縮小型ですか、それをやり過ぎましたが、

幸か不幸か、

彼らは失敗するその寸前で死にましたので、

かろうじてその武士社会のシステムが残りました。

そして問題は、

彼らは大衆に愛されたかどうか。 

言えるのは、それぞれが非常に厳しい慧眼をもち、

大衆に甘くはなかったと

いう事です。

四方を海に囲まれたこの小さな国は、自給に長け、

何でも作ってしまう器用な技術を持つ国でした。

司馬遼太郎さんによると明治以後の日本はなんでも自国で作り、

軍艦までも作ったとあります。

日本人は指先が器用でかつ勤勉で、高度成長期には、

集団就職で上京した中卒の社長らが中小企業で踏ん張り、

目覚ましい技術立国と謳われました。

世界がグローバル化する中、日本も否応なくその中に巻き込まれています。

日本と日本人が世界と決定的日本違うのは、 

日本には、ものの哀れ、儚さ、そして奥ゆかしく、弁える、という、

世界にはない独特の文化がある、という事です。

日本人は、決して覇権的ではないのです。

ものの哀れを知る人間は、決して覇権的にはならないのです。

日本人は、内側を充実させるのが得意な民族です。

まだまだ日本は世界に対してへっぴり腰であり、自信を回復していません。

そういう日本を

高く天から俯瞰して、世界の中の日本を眺めて考える。

日本はいったいどうすればいいのか…。

少なくとも、夢見る事から冷めて、

目をカッと開いて、

冷静かつ現実的な、

リアリスト日本、で、

あってほしいです。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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