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大愚良寛の世界!おまえさんはアホやから!

良寛が自称した大愚,ということにもついても松岡正剛著「外は良寛」で書いておられる。

学者や評論家の「大愚」の解釈は、

概ね、愚か者というへり下りや、宗教的覚醒の自覚としてのものが多い。

私もこの大愚という言葉が大好きです。

ただそれは、

愚かしいとか、謙遜、卑下とかいう堅苦しいものではなく、

もうちょっと遊びに近い言葉のような気がする。

もっと人間臭いものを感じます。

その大元になるのが、良寛の師匠国仙和尚が、

良寛に与えた偈です。

良也如愚道転寛

騰々任運得誰看

為附山形爛藤杖

到処壁間午睡閑

●読下し

良や愚の如く道転た寛し(道うたた広し)

騰々任運(とうとう任運)誰か看るを得ん

為に附す山形爛藤の杖

到る処壁間午睡閑(ごすいのびやかなり)

私流に訳すと、   

良寛や、おまえさんは、

いつもでボーっとしているアホだけど

そのおおらかさが何ものにも代え難いところだよ。

運を天に任せて、のほほんと生きなはれ!

山でとってきたこの藤の杖をあげるから、

どこか好きなところに行って,昼寝でもしておいで。  

私は、この国仙の愛情溢れた偈が大好きです。

恐らく良寛を守る為に、

ひとつの寺に留まって、

へんな権力争いなどに巻き込まれないように、

放浪の行乞の中で,修行しておいで、と、

旅に出したのではないか、と思います。

それは,青年良寛の資質を見抜いた国仙が、

寺に留まらず、行乞することが、

仏道の修行として最も厳しいが、同時に、それは、

仏者としては、最も覚醒した道としあることを

良寛に託したのではないか、と思います。

だから私は、大愚,というのは、

おまえさんはアホやし、隙だらけだから、

という解釈がいちばんピンときて、

国仙の意図を表しているように思います。

世の最も非生産的な存在(アホ)として、

一切の世俗の価値から解き放たれて、

心を無心にして

天空の星のように、 

地上を走る風のように、

澄んだ山の水のように、

自然のままに

旅しておいで!

私にはこの大愚と言う言葉が

キラキラと、宝石のように光って見える。

いつも良寛の背中を追いかけて,

きました。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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