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良寛・世のアレコレは風の中に置いて!

良寛については、

松岡正剛氏が書いでおられるようにたしかに、厳しい隠棲の修行僧でもなく、

いわゆる世捨て人でもない気が私もします。

なぜなら、彼の詩の中には、いかにも人間らしい温度があり、

ちょっぴりした感傷もあり、

また,意外に人懐っこいからです。

なんかそのあたりに人間的なスキがあって、だからこそ、私なんかが近寄れる気がします。

私から見るとむしろ彼の芸術性が

垣間見え、そこには、

軟弱さや、ささやかな通俗性もある。

多分、彼にとっては、それらも捨てがたかったのではないかとも,思う。

また一方では、

松岡氏も書いておられるように、

何でもポイと捨てる執着のなさは、

恐れ多いことですが、

私自身との共通点でもある気がします。

人間とは何か、自分とは何か、そして、人々と何かを、突き詰めようとした良寛がいて、

そこは,ドストエフスキーともよく似ている。

そして二人ともが、歪んだニヒリズムから免れ、

ささやかに民衆を愛した。

だからこそ、良寛の中に村人とのささやかな交流があり、

愛されたのだと思う。

そのせいか、どこか悠々たる余裕を感じるし、

いわゆる切羽詰まったものがない。

常に精神は童心にかえり、

世のアレコレは、

成り行きのままに、

風のなかに置いて、

スタスタと歩いてゆく。

あゝ、私に必要なのは、まさにこの事だ、と、

今、

書きながら思いました…笑!

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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