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夏目漱石「坊ちゃん」の、痛快で明快で、胸のすくような正義を取り戻す!

正義、それも極めてシンプルな日本の正義が、危機に瀕している。

久しぶりに夏目漱石著「坊ちゃん」を読んだ。

中学生の時以来だから60年ぶりである。

今、こうして読み返してみると、

言葉の選択や段落の取り方に工夫があり、

漱石の大衆読者に対する愛情が

ヒシヒシと伝わってくる。

そして話しは見事に、痛快である。

この痛快さが現代では、死に瀕している。

      ◯

この痛快さを貫徹しているのが、 いわゆる江戸文学の、勧善懲悪でもあり、

⭕️もともと、私達の遺伝子が生得していた、

極めて明快で単純な、日本人の正義感でもある。

今の日本は、この正義感が消えてしまった。

前回も書いたが、日本本来の良いところがどんどん消えいき、

めちゃくちゃなことが罷り通る胸くその悪い世の中になってしまった。

平気で嘘をつき、隠蔽する。

正直は、バカであるような風潮が流れている。

匿名で他人を攻撃する卑怯が罷り通り、

卑しい行いは恥である、という文化が消えてしまった。

経済さえ良くしてくれたなら、

愚劣な人格でも良しとする。 

素行の悪い人間でも選挙で当選する。

一方、 若者たちの間では、

なんだか妙に他人の心をさぐったり、忖度したり、

深読みするなどの、

お互いを信頼しない風潮もあり、

これじゃ、安心して生きてられない。

言っておくけど、

どだい他人の心など分かりえないし、

人間の心は、すれ違うもんなんです。。

なぜ漱石の小説が大衆の喝采を浴びたかは、

そこに,通快で、明快で、

胸のすくような正義があり、倫理があり、

明治の、⭕️大人の文化の、潔さがあったからです。

まずこの、日本らしい正義と倫理を

取り戻し、

胸のすくような痛快な日本に

戻りましょう!

 

          つづく。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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