天才といわれた二人の青年が実は、
天才的であることよりも、むしろその重荷からのがれ、
期待されず、褒められず、
誰にもじゃまされず、
ただの自分を自由に自分らしく、
生きたいと。
そんな二人ですが,道は大きく分かれていきます。
賢治も自殺願望があったかも知れませんが、しかし賢治はそれを乗り越えて行きました。
今日はその賢治のことを書きましょう!
賢治もまた、強迫神経症に脅かされていた節があります。
賢治が花巻農学校をやめて
農民になろうと「羅須地人協会」を始めますが、
このあたりからの賢治の前に、
現実の壁が立ちはだかります。
そしてやがて次第に強度強迫神経症に陥っていたと思います。
周囲の農民の目を気にし、一切の贅沢を禁じ、近隣の農民みんなが引き上げてから、やっと畑から上がります。
誤解されて噂が流れることを恐れ常に戸や窓を開け放っていたらしい。
またどんどん彼の身体が衰弱してゆくのを見るにみかねた母親が、
何か栄養のあるものを食べさせようとしてもガンとして受付なかったといいます。
金持ちの息子の道楽ではなく、自分の本気どを示そうとがんばりましたが、
所詮はにわか農民ですから、
限界が来ましたね。
でも捨て身でがんばりましたから、
やはりそこからまた彼の覚醒が生まれてきたと思います。
童話「銀河鉄道の夜」を何度も書き直しながら、
私は賢治が自分を立て直していったように思います。
その賢治がなんとか光の境地へと脱出したのは、
彼が自分の使命感を捨てなかったことです。
最後まで几帳面に正座して、
農民の肥料相談に耳を傾けました。
そして、
花巻の美しい田園風景や
賢治の手元にあった法華経の言葉が、
彼を救ったかもしれませんね。
賢治も龍之介と同じ36歳で命が尽きますが、
賢治の最後は、
ある晴れ晴れとた境地に辿りつきました。
それは皆さんご存知の彼の辞世の句です。
「 方十里 稗貫のみかも 稲熟れて
み祭三日 そらはれわたる」
「病(いたつき)のゆゑにもくちんいのちなり
みのりに棄てばうれしからまし」
ここには、何もかも諦めて、
諦めてというより、
しっかりと人間の現実に向き合い、
自分の使命を果たし終わり、
晴れ晴れした賢治がいます。
みごとです。
一方龍之介はどうだったのでしょうか。
つづく。

コメント