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続芥川龍之介とともに総総括 3では、どういう風に自分を現象化させたらいいか?その1

さぁー、ここからが、私が本当にみなさまにお伝えしたい事です。

人生とは何であるか。

どう生きればいいのかを、

????人間が、現象であるということ事を基点にして、

書いていきたいと思います。

      ◯

人間は、脳も身体も常に変化しています。  

身体は緩やかにホメオスタシスを保ちなが、

脳は瞬間のインパルスを走らせながら

「私」という人間の現象が進行して行きます。

その基本となるのが

・遺伝による脳と身体のシステムです。

遺伝というのは、過去からバトンされるシステムであり、

その人間の基本的な生命の保全システムです。

それがそのまま現代に適応できるか、或いは、

その人間の現実に適応できるかどうかは、

⭕️その人が生きる中でしかわかりません。

また、生まれた瞬間から学習の中で形成されてゆく意識(ロゴス)世界も、

極めて個人的なロゴス世界であり、

そのロゴス世界で以って、人間は自分に説明をつけていきます。

(その説明の中には、言い訳も入ります.…苦笑!)

その自我のロゴス世界が極めて不明瞭で混乱の中にあると、

人間は不安と妄想に駆られ自我が暴走します。

その極めて個人的なそれがそのまま外界、

すなわち自分以外の人間がつくる

<社会>と言うものに

適応できるかも、極めて不確かです。

そう言う中で人間は、フラフラと、

世の中という海に、

こぎ出さねばならないのですね。

その暗闇の一寸先は、

何がおきるかわからない

世の中と言う不安の海のなかで、

手探りで、兎にも角にも、

人間は自分を進め、生きるしかないのです。

そして、

遺伝と自己体験で構成された

<自我世界>は、

悩むしかない宿命の中にあります。

しかし、悩みながらも、

その理性と考察、思考を以て、

人間は生き延びてゆくのですね。

<自我世界>の中でも、特に遺伝による感情と情緒システムは、

強固であり、それがその人間の今に適応できず、自分の意志とは、

しばしばねじれ現象を生みます。

自分の中で遺伝された感情とそれによって外界を認識していく認知システムも強固であり、

ときに自分の意志とは別に妄想を起こし、自分を乗っ取ってゆきます。

そう言う中でかろうじて人間は、

脳の前頭葉の理性により

自分をハンドリングしていきながら

逸脱や暴走の危機を免れて行くのですね。

つまり人間は

その遺伝の体系と自己体験とをハンドリングしながら、

そして、

強固なる遺伝の体系を常に

⭕️自己体験で修正しながら、

人生を形成して行くのです。

結論から言います。

人間は生きぬくなかでしか、自分を

変えることができません。

生きる中で、やっと自分らしさを

掴んでいくのであり、

生きながらさまざまに直面し、

それと格闘しながらしか、

自分を変えられません。

自分に起きる脳と体の現象は、 

自分が苦しみ挫折する中で、

気づき、努力しながら、

バトンされた遺伝の体系を、

ひとつずつ、解決、修正しながら

<自我>世界が、

⭕️すこしずつ変化していくのです。

時に死にたくなることもあるでしょう。

またどうしよういいか分からず、

不安に暮れることもあるでしょう。

しかし、 

その人の脳は、

⭕️時間をかけながら、

その無意識の中で、懸命に、

答えを探しているはずです。

漱石が言うように、

「死なずに生きてらっしゃい。」

私もそう思います。

もし、芥川龍之介が生き続けていたらきっと、

誰にも書けなかった、

シュールリアリズムの小説を書いたと思います。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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