人間の脳の凄さは、
記憶にある膨大なデータの中から、
その時に必要なものを脳が即時に選んで、編集し、意識に落としてくることです。
ただ、その時に関係して来るのは、
その時の身体の状態や情緒や気分や集中力であり、
下ろして来る答えは、それらに影響される。
つまりAIと私達の違いは、
同じように、膨大なデータから結論をだすにしても、人間の場合は情緒や身体の状態などの、
瞬間瞬間を生きているなまなましさが付随していることです。
それらは
AIの普遍性の高さと比べ
一見人間側のマイナスの要素にも思えるが、
しかし私は、ここにこそ、AIが及ばない人間の力がある、と考えています。
このことにおいて、その人間の脳が、AIに対抗できるのではないか、と考えている。
しかし、甘く考えてはいけない!
先日朝日新聞の<インタビュー>欄で、社会学者の大澤真幸氏が、以下のように話されていた。
「人間は創造性が高いという思いがあるが、実際にはそれほど独創性が高いわけではない。
普通の人の創造的なアイデア程度なら、生成AIの方が、はるかに気の利いた答えをだします。」
実は私も以前から、芸術性や文学性においても、
相当なクオリティがない限り、AIに負けると考えていました。
例えば文学なら、芥川が自殺寸前に書いた「歯車」くらいのクオリティがないとダメだろうなぁーと。
つまり死を決意した芥川の研ぎ澄まされた神経と集中力、
そして死の前に、
一切の執着を削ぎ落としたその思想性が創り出す高度のクリエイティビティがなければ。
それくらいのもので初めてAIに勝てるのではないかと思います。
ただね、ただそれは芸術性の観点からの水準であり、
かなり極端な話でもありますから、
私達はAIがどうであれ、
つまりAIの能力の高さを認識した上で、
一般的においては、反対にそんなことなどにはお構いなく、
人間はそれぞれ、
自分のクオリティを追求したら良かろうと、思います。
そこには、良し悪しにかかわらず、
人間の妙味が出るでしょう。
ただ、それでも人間は相当自分のクオリティや生産性を磨いていないと、ダメですよ。
自分の脳の中を相当
清明にかつ明晰にしておかなければ、
AIの足元にも及びません。
なぜなら、
人間の脳の中には、
いわゆる雑念の垢や、不安、怯え、コンプレックス、くだらない競争心や卑屈なプライドなどなどが、
クオリティにブレーキをかけるからです。
AIには、そんな情緒的なゴミはついていませんから、
その分、クリエイティビティも、生産性も人間よりはるかに優れていると思います。
つまり、理性体のAIの対極には
私達も、厳しく理性体としてあらねば、
対抗できないということです。
逆に言えば、
その上で、
更に私たちの
磨かれ洗練された情緒、感情が付加されるとしたら、
やっぱり人間の方がすごい!
AI社会とは、そういうことを、突きつけてくると思います。
どうする、人間…!(笑)



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