デジタル文化が滝の様人々に押し寄せる中、映画「どこかに美しい村はないか」を残しておいて、本当に良かったと思う。

最新の脳科学では、脳の中にもニューロンのデジタル世界だけではなく、
グリア細胞のアナログな世界があることが、解明されつつあり、
私はホッとすると共に納得した。
自分の頭のなかを観察、分析しても、
どうしても脳全体的を統括するアナログ的働きは見逃せないし、
そっちの働きの方が大なように思うからだ。
脳の優れた機能である「解」(答)を見つけて行く作業こそ、
まさに、アナログ的作業であり、
世界を相対化し、現象を統計、分析し、
未知の世界を開いてゆく人間の人間たる知性だと、
私は考えているからだ。
つまり、答えの無いところに挑み、
●考えながら、答えを見つけ出して行く
そこに、人間の知力と知恵という知性がある。
それこそが、人間が人間たる所以であり、だからこそ人間は進化してきたと思う。
しかし、今のデジタル文明が世界を席捲し、それが優先されていくと、
●考えるという脳のアナログ世界が退化する恐れもある。
それとともに、これからは、
今までの人間が、自然を管理し、コントロールしてきたテクノロジー文明も、その真価が問われてくる。
つまり、
これまで人間の脳世界がだしてきた「解」が果たして人間の幸福という命題に対する、
本当の答えなのかどうかが、問われる時代にはいるだろう。
なぜなら、そこには、たくさん負のものをも生み出してきたからです。
しかし、どんな困難が起きても、
人間が、考えるという事を放棄しない限り、そこに道は開ける。
そう思うと、私はホッとする。

人間の根源とは何か。
美しいものとは何か。
人間は、何を失ったらいけないか。
デジタル文化が滝の様人々に押し寄せる中、
私は、私の存在の役割として、
映画「どこかに美しい村はないか」を残しておいて、本当に良かったと思う。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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