十日に一回のペースで鍼を打ってもらいに国分寺に行きます。
国分寺駅についたらいつも駅にある大時計をみます。
早く着きすぎたなとか、遅刻しそうだーとか時間を確かめます。
私は皮膚アレルギーがある為に腕時計をはめることが出来ません。
だから時間を見るのはいつもアイフォンです。
でも国分寺に来たらあの大時計!
たいへん助かります。
時々秩父の小さなホテルに泊まりに行きます。
そのホテルのホスピタリティは満点に近いのですが、
ただ時計が殆どないのが唯一の欠点。
ホテル側は、時を忘れてもらうという意味で、時計を掛けていないのだと思いますがねー。
部屋の隅に手のひらより小さな置き時計があるにはあるのですが,
とても見づらい。
なんだかいつの間にか、そういう思いこみが日本のホテルに流行ってしまいました。
けどねー、時間を見たい時に時計を探すのもストレスです。
時を忘れさせるって、
そんな気遣い必要かなあー?
それよりも大きな時計で時を見るって、
楽しくないですか。
時計を見るってワクワクしませんか。
私自身はうつろってゆく時間の中に
ロマンがあるような錯覚がある…⁈
そもそも時間は物質ではないが、
しかし時の中に何かが封印されている気がする。
だから
大きなノッポの古時計っていうだけで、
私の中には懐かしいものが湧き起こる。
そう言えば、不思議の国のアリスには、懐中時計を持った兎がいつも忙しそうに走っていましたね。
いったいアイツはなんだったんだろう。
なんでアイツはあんなに忙しそうに、時計を持って飛び歩いていたんだろう。

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