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擬制の終焉

もうすごいことが起きているので、書いておきます。

わかる人がどれだけいるかわからないけど、書いておきます。

今世界中で起きてる事は、

これまで積み上げられてきた西洋のキリスト教世界とそしてそこから始まった、

人間とは何であるか、社会とは何であるか、どうしたら人間は幸せになれるか、

と言う、

西洋の宗教、思想、哲学、社会学が、

一挙にひっくり返されていると言うことです。

封建社会から近代社会への進化というか、進歩というか、

ルソーのエミールから始まった様々な哲学、

ヘーゲル、カント、ニーチェも、キルケゴールやハイデッカーも、

フォイエルバッハも、マルクスも、エンゲルスも、

もう数しれない思想官や哲学者や、さらに社会科学者たちが築き上げてきたそれらのインテリジェンス、リベラリズムが、

大衆たちによって、一気に突き崩されてしまった、というのが今です。

宗教、思想、哲学、社会学らの、そのインテリジェンス世界が、

見事に大衆によって反転されてしまった。

大衆とは、まさに人間そのものであり、

人間の煩悩そのものであり、

この人間の尽きることのない煩悩の世界をどうするのかと言うことが、

今、世界の人間の喉元に刀を突きつけられている。

それは、経済と言う赤裸々な現実を武器にして、人々が、

インテリジェンス世界の偽装と擬制(擬政)を

ダッタイトし始めたのだと私は思う。

これに答え得る、哲学者や思想家がいるのかどうか。

しかし、そうは言ってられない。

この大衆が突きつける、この極めて、リアルな現実を、

どう解決していくのか?

しかし大衆も、今度は、

大衆の側が、その答えを出さねばならない時、

すなわちそういう時代が来たのかもしれない。

もう、

擬政も擬制(ごまかしの正義)も、

その屋台骨が耐えきれず、

崩壊しようとしているのだから。

🟢擬制の終焉は、吉本隆明氏の言葉です。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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