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小さな人々への祈り――玉堂とワイエスのまなざし!

青梅にある河合玉堂の美術館に行った。

この美術館は、私の唯一の癒しの場であり、以前は騒々しくなる心を鎮めたくなると、

この美術館に行った。

玉堂の絵は、ワイエスの絵とともに、私の大好きな世界でもある。

それは静寂の中の、空気と音と風と水の流れの世界である。

その中で、玉堂もワイエスも、そのまなざしは、小さな人々に向いている。

小さな人々とは、玉堂のいう杣人であり、農夫(農婦)や漁師や行人で、

それらの人々は玉堂の絵の中で小さく点として描かれている。

しかし、

小さなその点の人々がなんとイキイキと描かれていることか。

ワイエスの絵の中に出てくる人々も、

マイノリティーの木樵のインディアンだったり、

下働きするアフリカ系の人々だったり、

港の端でひっそり暮らす白人の姉弟だったりと、

それらの人々に向けられる、二人の画家のまなざしに、

私はほっとするのである。

玉堂の美術館には、外部の喧騒は一切無く、

俗が洗い流された品と美がある。

美術館の経営としてはダメかも知れないが、

観客も一人か二人くらいで、しかも行儀が良い。

今の日本は騒がしすぎる。

日本の文化の究極は、静寂と静謐にあると私は考えている。

茶の湯の沸く音、雨の音を聴く文化である。

それが乱され、踏み荒らされるのが、

辛い。

玉堂美術館秋の展示、最初の一歩は、咲き乱れる萩の花の掛け軸であった。

この美、この官能を皆さまにと、思ったが、絵葉書もなく、残念。

外にでれば、真っ黄色な銀杏、そして川を挟んだ対岸には、

昭和のままの割烹旅館「河鹿園」が

老いのまま建っている。

一瞬の至福の時であった。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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