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佐伯祐三、芥川龍之介、スーチン!

私の若い頃といっても、多分30年くらい前の頃だと思うけど、父から電話がかかってきた。

目黒美術館で開かれている「里見勝蔵展」に行ってきたけど、

誰も来ていないから、お前行ってくれ、と言う内容だった。

母がお世話になった勝蔵先生ですから、すぐにとんで行きましたけど、ほんとにガラガラで、

誰もいませんでした。

里見先生は、ブラマンクのお弟子さんで、親友の佐伯祐三をブラマンクに紹介しました。

ブラマンクは佐伯さんの絵を見て、これはアカデズムでしかないと吐き捨て、

そんなものにとらわれず、脱出するようにと厳しく指導しました。

佐伯さんはかなり落ち込み、以来彼はアカデミックではない、激しい色遣いとタッチでパリの壁の絵を描くようになりました。

日本では、フォービズムと言うと宮本三郎とか梅原竜三郎とかが有名ですけど、私から言わせると、

それはあくまでも和製フォービズムであり、

日本人には知られていない里見勝蔵先生の方が格段に荒々しくホンモノのフォービズムの絵だと思います。

ただ、日本人には、とても、あの体当たりの個性の激しさと、

圧倒的な色彩感覚は受け入れられないのでしょう。

というか、

そもそも「静寂」の日本画に慣れきっている日本人には、

西洋の「激しい肉感の感情」の美術に対しては、反応が鈍い、と私は感じている。

だから日本の美術館はいかにも無難なモネとかルノアールとかの印象派の美術展ばかりを繰り返す。

ブラマンクや里見勝蔵の絵は、

あまりにも強烈に迫ってくるその迫力に、観客は押しつぶされそうになる。

それに比べて、日本人に人気のある佐伯さんの絵はわかりやすいし、パリの浪漫を感じさせる。

ただね私は、彼の人物画と自我像を見た時、彼は逃げたな、と思いました。

逃げたというのは、言い過ぎで、

おそらくアカデミズムからの脱出が、佐伯祐三には荷が重すぎたと思いました。

フォービズムの本質は激しい色使いやタッチもさることながら、

モチーフの本質へと迫っていきます。

容赦なくモチーフの本質に迫る事は、自分の本質をさらけ出すこととの葛藤であり、

どこか自己幻想の高い佐伯さんには厳しすぎて無理だったのではないか、とも思うのです。

そして、佐伯さんの人物画は、

ゴッホの郵便配達人と同じような構図であったが、佐伯さんのそれはゴッホに比べて、まるで薄っぺらであった。

また、

彼自身の自画像に関しては、もう風化しそうな彼自身であった。

当時の私は、つまり若い頃に見た「佐伯祐三展」でその絵を見た時私は、

スーチンの人物画を思い出した。

スーチンの人物画もどこか破綻していて崩壊しそうだが、

それでもまだ人間に迫っていく気迫がある。

佐伯さんが逃げたかどうかはわからない。しかし、自分の内面をえぐり出しモチーフへと突き刺していくには、彼のプライドは繊細すぎたかもしれない。

その自己イメージが崩壊するのを恐れたかもしれず、そこが彼の限界だったかもしれない。

佐伯祐三、スーチン、そして頭に浮かんでくるのが芥川龍之介です。

奇妙なことに、この3人は、風貌が似ている。

モジリアニが描いたスーチンは、まるで芥川のようです。

そして佐伯祐三の東京美術學校の卒業作品の自我像は、

まさにスーチンや芥川と似ている。

三人ともがどこか美形の風貌であり、三人ともがその表情のどこかに虚無が漂う。

芥川も、その内面はカミソリのような鋭さがあるが、実はその反面の弱さがある。

スーチンはご存知のように一時はめちゃめちゃに売れたけど、最後は破綻し、やっぱり精神を病んでしまいました。

私はずーっと思っているのだけど、

日本人は芸術にぬるい。

作品を見ても,評論を読んでもぬるく、私は時々その凡庸すぎるぬるさに対して、

芸術をナメんなよ、と、思う。

少なくとも気迫迫る絵をかくにも、

文学に向き合うにも、

佐伯も芥川もスーチンも、その精神と神経をすり減らした。

佐伯の自己崩壊しそうな自我像は、

もしかしたら佐伯はブラマンクに会い、自己崩壊したかもしれない彼自身で、そして壁は、

彼の前に立ちはだかるフォービズム芸術の壁だったかもしれない。

その大きな壁から逃げようとする彼の絵筆は、しかしかろうじて、

逃げる寸前で、壁に立ち向かう、

佐伯自身ではなかったかと。

だから描いても描いても壁は果てしなく佐伯の前に立ちはだかった。

私は佐伯も芥川もその自己幻想に呪われたなぁ〜と思っている。

そしてそれを理解できる人間は、

ほんの一握りだろうとも思う。

     ◯

里見勝蔵先生は佐伯さんの死後も、佐伯さんの奥様のことを色々と支援されておられました。

里見先生は、あの激しい絵にもかかわらず、とても紳士で、どちらかと言うと普通の風貌をされておられました。

里見先生は、鎌倉山のご自宅の庭にあるプレハブで作ったアトリエの中で、ひっそりと亡くなられました。

母からモレ聞いたところによると、あの激しい絵を描かれる先生とは思えないほど、優しい穏やかな方だったようです。

写真の絵は里見勝蔵先生の「静物(梨と鴨のある) と「女」です。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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