◆私はどうして、癌治療をうけないか。その2、命には時がある!

その人は私たち夫婦にとって、とても大切な友人でした。

最後にお会いしたのは2019年の12月9日、映画最後の仕上げとして、

英語版の監修をお願いし、その打ち合わせで夕食をご一緒しました。

その時、その人は二度目の癌の手術を終え、

私たちは再会を喜びました。

お聞きしたのは、ピンポイントで癌を根治するという

日本でも最高峰の癌治療を受けられたとのことで、

とてもお元気に料理を食され、

映画の監修をお願いしたことに、

喜んでお引き受けします、とおっしゃられたことが

今も耳に残り、胸がつまります。

そしてその一か月後に秘書の方から、

癌が再発し、病室に資料を持っていっているが、

おそらく無理であろうという連絡をいただきました。

びっくりしました。

もう、飛んでもありません、どうぞ治療に専念されるようにと

祈り、お願いしました。

そして4月、

風のように飛んで逝かれました。

コロナが蔓延しはじめた中、いまだにお別れのことすら出来ず、

その人を失ったことに、心はいまだに開きっぱなしで空白で、

ピリオドが打てません。

ただ、こうして時間がたってみると、

なんて素敵なひとだったのか、ということと、

それでも神様が彼を連れて行ってしまったのかについて、

命には時があるのではないかな~ということです。

どうお伝えしたらいいのか、旨く言葉がみつかりませんが、

人間の力、科学や医学を超えてある、自然の凄みというか、

命には、自然の始まりと終わりがある、という、

そういう大きな流れを感じるのです。

その上で私は、今回もし癌であっても、自然の流れに任せようと

考えたのです。

                         つづく!

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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