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🔷変わり続ける時代の片隅で、良寛も道元も届かない時代になってきている。

時代が本当に変わってきている。

具体的に言うと、昭和はもちろん平成もがどんどん遠くなっていき、

悪くすると令和すら日々に遠くなっている。

世界は秒速に変化しているかもしれない。

心が落ち着かない時、

以前のように、

良寛の漢詩や道元の正法眼蔵を読んでも、

ちっとも心が鎮まらない。

なぜだろう。

要するに、それらの言葉が、

はるか現実から離れた遠い言葉のように思えて、

今の私から乖離してしまっている。

なぜかわからないが、それまであった私の知の砦が、

どんどん崩落して、

私の心をそれでは、

守りきれない感じがしている。

以前あった良寛の詩の情感や、

正法眼蔵の譬え話の中にある極められた、

「静」の美しさが、

ものすごく遠のいている。

情緒の世界、日本人の繊細な覚醒の世界が、 

壊れ(壊され)、

荒々しく、無作法な足で、

踏み荒されている気がする。

遂には私まで崩壊しそうだ。

      ◯

要するにに、自然と伴に生きる、とか、

自分の中の自然の流れに添っていきるとか、が、

踏み荒らされてしまっている気がする。

なんでもかんにでも、科学(化学)がでしゃばり、

声高らかに、くだらないノイズを喋る輩が幅を利かし、

私の大事な沈黙の世界や、静謐な世界が、

壊されていっている気がする。

実はこの世界こそ、大切なんだよ。

この正座し、窓の外に広がる空、雲、樹々,草、花、虫、の世界を今、

私は取りもどさなければ、

自分が崩壊するような、そして、

自分の行先が無くなってしまいそうな、

そんな悲しみが、ジーっと湧いてきている。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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