<空気階段>鈴木もぐら君の諦念!

初印象からは思いもよらない人格が表出した、というのが

空気階段鈴木もぐら君にたいする私の印象です。

一番初めに彼を見た時、失礼ながらそのぶよぶよに太った身体で、

ヨチヨチ歩きをし、さらに歯茎から血を出していたことには

驚き即、拒絶反応が起きました・・・まあ、私も女の子ですからね…笑い!

しかし彼の属するグループのYouTube<高円寺チャンネル>で、

もぐら君の食レポをみてさらに驚き、

今度は逆に興味が湧いてきました。

なぜなら、食レポをする語り口がなめらかであり、

その髭の効果のせいか、

なにか文人のような雰囲気があったからです。

もぐら君は余計なことを言わず、淡々とそのおいしさを語ります。

そこには、自己顕示などまったくなく、押しつけもなく、ただただ、

旨いな~ということが伝わってくる。

彼の食べているものは決してグルメではなく、むしろ

私などの女子?が入りづらい、おじさんたちが

昼からビールを飲んでいるような店であり、

500円ワンコインでことたりる定食屋や、立り飲みの店であったりするが、

彼がいかにも美味しそうに食べるその様をみていると、一度はそこに

行ってみたいとも思うから不思議だね!

以来ずっと彼に注目して、見ているのだが、

彼の経歴などは一切知らない中で、なんとなく見えるのが

彼の諦念である。

つまり、いい意味での諦めが彼のなかに見えてくる。

ことさら自分を分かってもらいたいとも思わず、

分からせようともしない諦念で、

それが逆に彼の清々しさに通じで光っている。

だからこそ、言葉がシンプルであり、文脈も明快であり、さらに

素直にかれが旨い!っと思うさまがこちらに伝わってくる。

実はこれが芸人としての極意なんだと私は思うよ。

彼が若い(34歳)のに、なぜここまで自分を

枯らしてしまったのかは分からないが、

しかしこの諦念が翻って才能を開花させていると私は思う。

つまり俗世間の通俗性には媚びず、自分の中にある大切なもの、素敵なものへと

ひとすじに才能が向かう、それがいいんね~。

彼となら一緒にいると楽しいと思うし、おそらく美芸にも、文学にも通じる

博識を持っているような気がする。

諦念とは

『夢から醒める、ということが

 感動の解体であるばかりでなく、

 いっそう深い感動の獲得でもある。』(見田宗助氏の言葉)

であり、

一般社会との価値観とは違う、その逆説を

なんとなく、もぐら君はよくわかっているのかな~・・・。

そういうことです。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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