私の愛読書「風の良寛」の著者である中野孝次先生が「清貧の思想」を書かれた時、
それが、現代の消費経済に反するものであると、
マスコミからバッシングを受けました。
清貧の思想は、いわば哲学であり、
それは読解力が浅く、通俗的にしか捉えることのできないマスコミや経済界の人間の、
傲慢な勘違いと、いいがかりでした。
清貧の思想は、ストイックになれ、ということとは、違います。
そうではなく、自分に纏いついている、さまざまな欲望の執着を解き、
次から次へと自分が追い込まれる、世俗的な欲望衝動から、
解放されなさい、という事です。
つまり、ギラギラとした商業主義や虚栄的欲望から解放され、
まことにシンプルに自分を整えて生きる。
世俗的欲望に左右されなくなった自分は、必要なものだけあれば、
慎ましい清貧の中であっても、なんとすがしがしいものであるか、と
中野先生は言いたかったのだと思います。
私もずっと良寛の背中を見ながら生きてきました。
素朴に、ささやかに生きれたらどんなに良いだろうかと。
現代は、世俗のさまざまな欲望が渦巻き、
商業が大衆をマインドコントロールする中、
よほど自分の世界観を確立していないと、
消費文化の経済に呑み込まれてしまいます。
心理学的に言うと、消費的欲望は、
自分の存在を肯定できない自分の心理の欠損の、穴埋めというか、
つまり、現実の等身大の自分を受け入れることができない
心の空洞を物や他者を所有しようとすることで、補います。
消費文化が、これほどはびこるその根底には、
日本人は、コンプレックを持つ人間や、自信のない人間が、たくさんいる、と
いう事でも有ります。
そこには、敗戦国日本人のコンプレックや、
敗戦後の占領下で、それまでの日本の柱であった、
日本的な秩序や、規律や道徳、道義が、一気に崩された事も、
日本人が、自信をなくした一因かもしれません。
それまでの歴史の中で築いてきた日本人のアイデンティティが敗戦で瓦解し、
知らないうちに日本人は何を基準に生きたらいいか、
何を拠り所にしたらいいかが分からなくなり、代わりに、
アメリカの消費文化が流れ込み、それを斬新なものとして、
うかうかと染まっていきました。
それは確かに魅力的なものであり、私なども、少しかぶれていましたからね〜…苦笑!
そしてやがて、テレビの時代がはじまると、
手当たり次第に、テレビやマスコミの動向に、流されてきた日本の世俗世論があるように、
思います。つまり、
さまよえる日本人です。
確かに、技術立国日本というアイデンティティもたちましたが、
息つく暇もない中、
世界の情報文化やデジタル文化に襲われたとでも言いましょうか。
なんとも雑駁な説明ですみませんが,
戦後の時代が進む中、日本の社会は、いわば、骨格にある中心軸のモラルが、
折れかかってきているのではないかと、思います。日本人は、どこへ行こうとしているのか…。私には、見えないのです。
そんな中で、出来ることは、まずは、シンプルに基本に帰ることではないかなあと、
私は考えます。
日本人らしい、穏やかで、規律のある秩序を回復することだと思います。
普通に、正直である事や、誠実である事や、
善きことと悪いことをしっかり認識し、
他者への礼儀を持ち、また、
常に謙虚である事。
反対に支配欲や所有欲に乗っ取られず、過剰な自己顕示を慎み、
清々しく、美しい自分であろうとすることではないでしょうか。
これこそ、良寛の思想であり、どんなに濁りがあっても、
心のどこかに清泉な泉を持っている事です。
現代のようにかなり放縦な欲望世界がはびこると、
さまざまな宣伝に乗せられて、自分を律する事ができない人間の文化の方へと
流されてしまうかもしれません。
それでも、私がフェイスブックを通してみえてくるのは、
本当は、謙虚で、慎ましい、そして自然を大切に思っている人がたくさんいると言う事です。
全体から見れば、小数派になってしまったかもしれませんが、
日本の地方都市には日本人の律儀な魂を持っておられる方々が、確実にいる、と
言う事です。
これからも、日本と日本文化はグローバル文化に挟まれて、
彷徨い続けるかもしれません。
政治もさまようでしょう。
しかし、私たちの心のどこかにも、そして、
日本の風土や山河の中にも、私達の善き遺伝子は宿っているはずです。
高度テクノロジーや、デジタル文明に疲れた人々の中、
モラルが低下し、心がすさむその中でも、
素朴なる自然の懐に帰りたい、と言う人々がでてくるかもしれません。
いや、もうでてきていますね。
その時ふたたび善き風が吹き、自然と共に生きる、
そう言うなごやかで、のどかな暮らしを取り戻そうという
文化と文明が、起きてくるかもしれません。
きっと起きると私は確信します。
なぜなら、そこにこそ、日本人の自然性があり、
安らぎと平安があるからです。
人は、不可避的に、詩情と牧歌性の中を生きている。
私は、そう思います。

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