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黙れ小童!神経症的国民になるな!

もしかしたら名だたる俳優達が自分達の本拠地をVシネマだと考えていた、

或いは感じていたとしたら、

それは、いみじくも、

日本という国が、表現の自由ということに規制が掛かり、

エンターテイメントに手かせ、足かせがかかっている事かもしれません。

そうなると、当然エンターテイメントは衰退していきます。

確かに今の日本は、

お行儀のいい正義や、

通り一遍の道義ばかりが幅を利かし、 

逸脱する事や、自由奔放さにブレーキが掛かっている気がする。

反対に市民社会では、目には見えない監視や、同調圧力などという、

いわば、

国民全体に、

強迫神経症的傾向があるようにも見えます。

別に独裁国のように監視されている訳じゃないのに

隣近所や周りの評判を気にしたり、

周囲を忖度し、

国民、民衆が勝手に自己規制して、

日本は、自分の首を自分で絞めているように、

私には思えます。

ネットの卑怯な匿名攻撃も、彼らこそは、

やたら正義を振り回す前に、

まず自分の卑怯さや幼稚さを恥ずべきであり、

それこそ、

黙れ、こわっぱ!の

大人の一声が必要に思えますよ。

世の中というのは、スカスカに風通しをよくしておかないと、

知らない間に国民統制が完成して、

独裁者に支配されていたり、

目が覚めたら戦争になっていたりしますよ。

前にも書きましたが、

播磨みどりさんが言うように、

芸術は人間を解放する、のです。

芸術も、エンターテイメントも、

市民社会の暗黙の掟から、或いは

政治の管理や締め付けから、

人々を

解放する、最後の砦です。

だからこそ、

全くの自由と、その表現が、

市民側から保証されていなくては

なりません。

映画表現が、地下に潜らなければならなかったり、

或いは、スポンサーを忖度する、という、

資本主義の悪幣が強化されていくと、

私達一般の市民の自由も奪われる事になります。

もう国民、民衆は、

そういう危機に、

気づかないといけませんね。

写真がもう途切れてしまったから、

もう一度大竹伸朗さんの作品を

載っけます。

これくらいのパワーが欲しいヨー!

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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