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シリーズ3、夏目漱石が見た西洋近代と未来!

京都大学前総長の山極寿一氏が、先般開催された第3回人文知応援大会の基調講演の内容が3月10日の朝日新聞に載っていた。

「人類はどこで間違えたか」

上記は、そのタイトルです。

私は最近、日本は明治からのこの155年を俯瞰し、

大総括をしなければならないと痛感していますが、

山極氏はもっと大きなスケールの、人類としてどこで間違えたかを、講演されています。

ところがもうひとり、

明治の頃に、その間違いに気づいた人物がいます。

お分かりになりますか。

そうです、それがあの文豪夏目漱石です。

では、山極先生の基調講演の内容を説明する前に、

漱石について少し書きます。

     ◯

明治になって西洋文学が入ってくると、日本の文学が悩み始めます。

私に言わせると、悩むというより、

病み始めた、と言った方がいいかも知れません。

つまりそれまでの日本文学にはなかった、西洋心理学を基盤にした自我の問題が入り込んでしまうのです。

それは、自分の内面を掘り始め、自己を省察、自省し更に、

自然主義に至っては、自己懺悔の小説が書かれていきます。

島崎藤村、田山花袋、徳田秋声、太宰治の「人間失格」などもその流れにあります。

坪内逍遥はじめ日本の文学を目指す人々は、一斉にこの波に飲まれていきます。

漱石が小説家になるのは38歳の時ですが、

しかし、それ以前の若き漱石青年も、当然この問題に突き当たったと思います。

ただほかの文学者と漱石が大きく違うのは、

彼は文部省からイギリスに派遣され、2年間、

⭕️実際の西洋を体験したことです。

この2年間の留学体験で、西洋に対する漱石の目は厳しく冷めていきました。

この時漱石は、イギリスで神経衰弱に陥ります。

その漱石を日本では、漱石発狂す、と噂されました。

なぜ漱石の神経が衰弱したのか、

ここに後の文豪になっていく漱石の

おおきなカギがあります。

漱石は、実際の西洋に直面し、

自分達のアイデンティティである東洋の文化とは違和感を感じ、悩んだのだと思います。

 

彼のことだから、フロイトやユングも原語もしくは英語で読んだかも知れません。

だから人間の無意識領域で、自我に何が起きているかについては、

一つの考察課題として、その後の彼の文学作品のテーマにもなります。

が、しかし、

漱石は、そこにも懐疑を抱きます。

果たしてそれは人間とってどうなのか、と。

なぜならその対極には、老荘思想や仏教の、東洋の思想があるからですが、それはひとまず置いておいて。

前述したように、

明治の文学界は新しく入ってきた

西洋⭕️心理学を基盤に発展していきますが、

その流れの中、

ただ一人漱石のみが

実際体験した西洋的自我文化に違和と距離をおき、

その文化の合理性に、疑問を持ちます。 

 

そしてその返す視線で日本と日本人を眺めていきます。

※西洋の自我認識は、自分対神や他者という風に自我が対立構造になりますが、

東洋の自我の捉え方は、自分も含めたおおきな自然空間の一部としての自分です。

いたずらに、西洋を礼賛追随するのではなく、

西洋を冷徹に眺めつくしながら彼は小説を書き始めました。

その一つが「坊ちゃん」です。

坊ちゃんは最後に山あらしと一緒に、西洋かぶれの赤シャツや野だいこに、強烈な鉄拳をくらわせます。

そして、

せいせいして帰ってきます。

ターナーとか、マドンナとか気取ってほざくんじゃなーい!

こちとら生粋の江戸っ子でいッ!

理屈抜きで、ダメなヤツ、狡いヤツは、成敗してくれるー!と、です。

この江戸っ子気質こそが西洋にはない、日本の独特の、

⭕️勧善懲悪の美と正義の世界です。

では、なぜ漱石が西洋に失望したのか。

漱石が留学したイギリスは、産業革命がすすみ、

農業は壊滅的になり工業化と都市化が進んでいました。

つまりイギリス人の生活はどんどん自然から乖離していたのです。

漱石が目にしたのは、自然からの疎外が進む西洋近代の姿であり、

町は暗く灰色のスモッグに覆われ、人間もが変異していく実態でした。

日本はまさにその西洋の近代化を後追いしていくのですが、

この西洋的近代化に対して漱石は

違和感を持ち、懐疑していきます。

漱石45歳の時の小説「行人」では、

主人公は激しい神経症に悩まされながらも、科学で近代化が進む事を批判します。

「人間の不安は科学な発展からくる。進んで止まる事を知らない科学は、

かつて我々に止まることを許して呉れた事がない。

徒歩から俥、俥から馬車、馬車から汽車、汽車から自動車、

それから航空船、それから飛行機といって、

何処まで行っても休ませて呉れない。

何処まで、連れていかれるか分からない。実に恐ろしい。」

実際の所、私達は科学による恩恵を沢山受けており、それをいちがいに恐ろしいとは言えません。 

科学によって解明、解放された事も数しれません。

ただ、確かに私達は、

この科学の進化のベルトコンベアから降りることを、

殆ど選択できません。

そして現代は、いよいよ利便の極みの社会となり、その反面、

漱石が抱いていた、

科学が進む社会から降りる事ができない不安が、いよいよ現実となりつつあります。

私達はそれをどう解決していくか。

さらに「行人」で漱石が書いている

「人間が幾世紀かに到着すべき、恐ろしい運命」を

私は解決しなければならない。

次回は、山極先生の「人類は何を間違えたか」と漱石を照らし合わせながら、

今何が必要なのかを、書いていきます。

          つづく。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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