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エッセイ45、大らかで寛容な社会へ戻ろう!

とても見逃せない社会現象を聞いた。

それは、

脳の神経に影響を及ぼしかねない、間違った社会認識になるから

警告も込めて書きます。

皆さまも、一緒に考えてください。

ゆとり教育に代わって最近の教育現場は、ゼロ・トレランス傾向になっているとの話を聞いた。

ゼロ・トレランスとは、

少しの間違いや失敗でも見逃さず厳しく罰したり検閲したりすることで、

同じ失敗や間違いを未然に防ごうという行動規制です。

実際に今の教育現場や仕事の現場でも,

こういう事がしつけや行動規範として行われているという事です。

しかし、

これは大変な間違いで、

そんな事が本当に行われているとしたら、

人間は鬱になっていくし、神経症になりかねないし、

まずは、

自由に行動出来なくなる。

私の孫もちょっと注意しただけで、過剰に反応して何度も謝ったり、

怯えたりするので、

これは親(息子)が厳しくしつけしすぎているのではないか、と思っていたが、  

どうも学校教育全般の傾向らしい。

確かに同じ失敗を繰り返すのは、

あまり良い事ではない。

しかしそれはその人間が失敗を繰り返さない為の気づきにならなければ意味がない。

それを過剰に厳し指摘すると、脳神経が過剰に反応しだし、 

起きてもいないのに取り越し苦労をし、

常に自分の行為,行動をみはり、検閲し、

ブレーキを掛けるようにらなる。

失敗や間違いも程度の問題であり、

それを指摘するにしても、 

指摘する側は、

どこかに抱擁力を持っていなければならない。

最近の日本がどうもせせこましくなり、

他人を見張り,検閲し、息苦しいのは、

こういうゼロ・トレランスが横行しているのかもしれない。

昨日も書いたが、ネットでは重箱の隅を突くようなことで炎上する。

人間がビクビクしながら生きる。

常に他人を見張り、

行動規制をしょうとする神経症的社会は、

⭕️病んでいる社会です。

もっとおおらかに、 

そして寛容な世の中を

取り戻しませんか。

人間は間違いをしながら生きるのですから。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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