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エッセイ56、大きな時代の終焉 2、未来社会では、人間の為の経済がおきてくる。

昨日書いたことがピンと来た人は素晴らしい。

ピンと来なかった人の為に続けて書きます。

      ◯

私は自分の頭がおかしくなりかかっているんじゃないかと、自嘲する。

もう神経症ではないかと思う…笑!

ただもう、本当にお伝えしたいのは、

⭕️一人ひとりが真剣に考えなければならない時がきているよ。

政府や成り行きにまかせていけない。

自分で考えなければならない。

     ◯

大きな時代が終焉する時が今来ている。

私には17世紀から20世紀まで続いた大きな時代という怪物が、

その老体をのっそりのっそりとゆすりながら次第に弱体化し、ある時、

ドーンと地響きを立てて倒れてゆくように、見える。

それはこれまでの人間と人間が、

国や宗教や金や物や領地を巡って収奪し合うのではない時代への、

今はインターバル、或いは助走かも知れない。

イスラエルとハマスの争い、

そしてガザの悲惨さを見ていると、

若い事見た映画「天地創造」のバベルの塔のシーンを思い出す。

私の頭が飛躍していくのか…苦笑!

つまり

奢り、そして汚く濁った人間が積み上げた世界が、

一瞬にして崩壊するような予感である。

ロシアとウクライナの戦争は、もしかしたら一時的にロシアが勝利し,ウクライナの一分がロシア領になるかも知れないが、

そこからロシアの崩壊が始まるかも知れない。

そして資本主義もいよいよ格差が取り返しのつかない暗いひどくなる。

つまり私に見えてくるのは、

資本主義と共産主義という、

⭕️近代社会のイズムの両方が,バベルの塔のように崩壊し、

また同じようにイスラエルとハマスに象徴されるような、

宗教的世界も、

バベルの塔のように崩壊してゆくと

いうことである。

これまで人間の脳世界をずーっと支配していた、

⭕️イズムと宗教の世界が崩壊して

ゆくのではないか、

ということです。

なんだか誇大妄想のようになってきたね…苦笑。

そしてその後、いよいよ本格化していくA Iテクノロジー社会では、

人間は何をしなけれならないかが

問われてゆく。

人間はこのまま科学(化学)テクノロジー世界をつきすすむのか、

それとも、

自然との協働世界を取り戻し、

温暖化を食い止め、

今の消費狂乱の社会から、

欲望をコントロールした節制ある社会を創りだせるか。

その選択が厳しく人間に問われてくると、私は考える。

亡くなった大江健三郎さんによると、

プラトンの「国家」では、 

良き都市国家を作る為には、

知恵と勇気と、そして、⭕️節制が必要であり、

正義とは、

他の人間との善き協調関係が成立するための、

⭕️考え方の技術である、とある。

さて私達人間は、

二千余年前の

ソクラテスとプラトンの出した課題である節制と正義を

これからの社会で、見出し実現できるか。

それが厳しく問われるのが、

未来社会であると、

私は考えます。

だからこそ、A I社会においては、

人間の幸福とは何か、

人間にとって善きことは何かが、

社会全体の命題になり、

そしてそれが具体的には経済の本流になっていくだろう,という、

私の予測です。

そうなるといいね。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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