ヨーロッパを旅行すると、あちこちの国々の教会には塔があります。
高く高く天に向かって伸びる塔です。
より高く天の神へと繋がろうとする
ヨーロッパ人の願いの象徴のように、私には思えました。
それは「私」が神と繋がる祈りの世界です。
キリスト教は唯一の神であるヤーウェが、
世界を支配する宗教です。
キリスト教は唯一の神であるヤーウェ以外の神を認めません。
だからこそ、
異教徒達を改宗させる為に、あのザビエルも、
はるばる日本までやってきたのですね。
神ヤーウェば、厳しいと同時に愛に溢れる神であり、
だからこそキリスト教は、世界宗教になり得たのだと思います。
そして信者は己のすべてを神ヤーウェに委ねる。
故に、
神に背くことは、神を冒涜することでもあります。
それに比べ、仏教の寺院はなだらかな稜線の屋根を持ち、
その屋根の下の元に人々を集め、
人間の生き方を説いていきます。
仏教は、キリスト教のように
個人が神と対話するのではなく、
観音様は、まるで海に投網を投げるように、
すべての民を救おう(掬おう)とします。
仏陀は始めから、生きることは苦であることを説いている聖者であり、
その苦の中をいかに生き延びるかを説きます。
仏教も大きく二つに分かれていきました。
上部座(小乗)仏教と大乗仏教です。
上座部(小乗)仏教は、
出家し、戒律を守り、悟りを開く為の厳しい修行をします。
それは厳しい自己省察の中で、自分を突き止めていきます。
それに比べて大乗仏教は、
衆生(すべての民)を救済するのを目的にした仏教です。
もうお分かりなったと思いますが、
キリスト教は神が、個々の個人と繋がり、その個人を神が癒し救っていきます。
仏教は全体、全部を救おうとします。
そして、仏教は人間を支配するのでもなく、征服するのでもありません。
教えなのです。
キリスト教は15世紀からの大航海時代に,
植民地を求めて、さらに異教徒を改宗させる為に、
世界へと乗り出していきました。
更に言うなら、神が個人と契約するキリスト教の世界は、
他者とは、対立する世界です。
反対に仏教、特に大乗仏教の世界は、
同化する世界です。
そして小乗仏教の世界は、自分を突き止め覚醒していく世界です。
いうなれば、
西洋世界と東洋世界は、
かくも違う世界なのです。
問題は、果たしてアメリカや西洋諸国の人々が、
東洋世界を理解しているか、
或いは、
理解できるか?
理解しようとしているか?
です。

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