乳腺の専門医に見てもらおうと考えた時、そこには二つの可能性がありました。
ただの・乳腺の病気かもしれない、ということと
もしかしたら・乳癌かもしれないという事です。
そこで病院に行く前に、もし癌であった場合、どうするか、という
自分の意志をあらかた決めてから行かないとなぁ~と考えました。
そして、もし癌であれば、私は治療をせず、
癌と共に生きよう、と決心したのです。
同時に私の人生の終点が来たのだと思いました。
そして私はなぜだかホッとしました。
その時私ははっきりと、
残りの人生をダラダラと生きたくない自分がいることに
気がつきました。
そして、もう十分どころか、十二分に生きたという満足感もあります。
随分頑張ってきたな~という感慨もありました。
さらに、終点がみえたことで逆に今、何をしなければならないか。
どうしたら、最後まで楽しく生きれるか、と思うのです。
するともう、脳の辺縁系がもたらす様々な感情にふりまわされなくてもすむ、という
安堵感や、
煩わしい世事に、我慢したり、合わせなくてもいいんだという解放感。
そして新しい時代に適応するための面倒くさいことからも
解放されるぞ!!・・という、安心といっていいのか、そういうもの包まれました。
さらに長生きするためのお金の心配からも解放されるし
逆に終点まで、もしお金(貯金)に余裕がみえたら、
更にやりたいことにお金をつぎ込めるし、・・・と。
何だかね、そう思うと、逆にどんどんエネルギーとファイトが湧いてきてました。
考えてみれば、
いつも、自分の脳の偏りや自我の偏りを叩いては
自分を修正し、
自我に言い聞かせて、自分を律してきました。
それは、それでもう大変だったからね!
そういう苦労からも、もう解放だあ~と、思うとね、
なんだか嬉しくなったのです。
あゝやっと、ここまで来たか!
「もう、これでヨカ」と言った西郷どんと同じ気持ちです。
立花隆さんの本だったと思いますが、
亡くなることを恐れず、むしろ
長生きしなくてもいい、という考えている老人が
案外たくさんいる、と書いてありました。
あゝ、私も同じだ、と思いました。
もしかしたら長い人生を経てくると
そういう境地に至るものかもな~とも、
思います。
多分、世の中の一般論とは、大きく違いますが、
そういう考えも、生き方もあるのだということ、
私はそれを書きたかったのです。
つづく!

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