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「樋口一葉・恋の行方」平成31年の東大入学式での上野千鶴子氏の祝辞には、驚いた!?

3年前の平成31年の東京大学学部入学式での
社会学者上野千鶴子氏の読んだ祝辞には
驚いた。
日本の学問の最高学府の社会学者の社会認識が、
こんなにも狭小かととがっかりした。

世の中を知らないんだね~。

なぜ今3年も前のこの事を書くかというと、今回私が書いた樋口一葉が描き出している女性像は、

上野氏がいうところのフェミニズム弱者かもしれませんが、

しかし彼女たちは、弱者どころか、真逆の価値観の中をたくましく生きているからです。

そこには、女の現実をどのようにたくましく生きるかを一葉が描いているからです。

なぜ一葉がそういう成熟を得たかというとそれはあんなに苦労して、世の中と戦ったからです。

    〇 〇 〇

もし上野千鶴子氏のあの祝辞を、
彼女のいうところの最も恵まれないフェミニズム弱者である、
つまり、学識も学歴も吹っ飛び通用しない

ナマの人間と人間の赤裸々なる性の世界を、
身体を張って底座支えしてきた
風俗やストリップや歓楽街の女性達に読んでもらったら、

愚笑して一喝されると思いますよ。

勿論読まないと思いますけど…笑い!

東大の女子学大生さん、せいぜい頑張ってね!と言うかもしれませんね。

そもそも私はフェミニズム弱者などという言葉が嫌いです。

いうなればこういうフェミニスト学者や東大生こそは
フェミニスト<軟弱者>なんじゃないでしょうか。

さらにこの祝辞は、

人間の存在の矛盾と非合理が渦巻く、
<社会>という、鵺のような得たいの知れないバケモノの胎内で、

パートタイムで家計を支え、病院や市場や工場で働き

田んぼや海や山の現場で踏ん張り、
デリヘルやピンサロの盛り場で体を張り、

商業や農業や漁業やそして性産業も担い、

懸命に働き、いちばん厳しい所を支え
生かしてきた多くの女性達への

・尊敬も

・信頼も・連帯もない。

上野さんは本当に女性の味方なのだろうか、

それならまずは先人の女性たちに感謝し、今を頑張る女たちに
エールを送らねばね。

ご本人は自分の事を女性学の第一人者と任じておられるが

もっと深く考えて欲しいです。

逆にわたしは
日本の女たちを尊敬し、心から感謝しているよ。

この国は確かにいまだ男尊女卑の文化の傾向がある。
さらにこの時は医学部合格においての女性差別があった。

しかし、それでも実質として、

国や社会を支えてきた女性たちの力がある。
本当はそこがこの国の素晴らしさなのですけど。

男たちもうすうすそのことは分かっているはずですよ。

さて話を一葉に移すと、

なぜ、当時にすれば、あれほどのインテリであった一葉が
「たけくらべ」すなわち、廓の世界を流麗に描いたのか。

そこには、

身体を張って生きる廓の遊女、女郎たちに対する尊敬が
あったからです。

そして吉原は一般的に思われているような悲惨な処ではないことを、
吉原下のどぶ板長屋で暮らした一葉が、

それをつぶさに見たからです。

それがどうであるかは、ネタバレになるので、ここでは書きませんが
是非本を読んでください…笑!

一葉がなぜ「にごりえ」のお力を殺し、
反対に「たけくらべ」すなわち廓で生きる美登里を
生かしたか。

「おおつごもり」の女中お峰に対する一葉の眼は優しいよ。

そこには、世の中を冷徹にみる一葉の作家の眼が
エッジのように効いている。

社会が変わるということは
上からの社会システムや法整備で変わるのではない。

たしかにそれも大事ですよ。

しかしね、

歴史の中でうねりのように社会が変わっていくのは、
人間が格闘し、葛藤し、社会の底辺から、思想が立ち上がり、

波のように人間のエネルギーが起きてきて、機が熟し、
社会が成長し、成熟していくのです。

この国は、女性がその一翼を担い、社会も経済も、

その逞しい生命力と母性に支えられて発展してきたことを

今はもう、

賢い男なら、

みんな知っていると

思います。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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