「銀河鉄道の夜」の三次稿にあった<相対性理論>を意識した文章や
希望や勇気を与える・セロの声・ブルカニロ博士のエピソードが
ごっそり削除され、反対に「午後の授業」「活版所」「家」そして
カンパネルラの死とお父さんとジョバンニのやり取りが
なぜつけ加えられたのか、について書いていきます。
まず、冒頭の「午後の授業」から行きましょう。
ここでは確かに宇宙が真空であることを背景に
太陽系と銀河系の説明が為されます。
そして
なぜ賢治は「午後の授業」を冒頭に持ってきたかの推理は
「午後の授業」は、これから展開する<銀河>の旅の物語の
導入としてあることは間違いないです。
銀河の説明と同時に、童話主人公のジョバンニと
カンパネルラの関係性も書かれています。
先生の問いにカンパネルラが手をあげ、さらに4,5人が手をあげ、
つづいて手をあげようとしたジョバンニは、それを引っ込めてしまいます。
それはなぜか、
一つはいじめられている子供として、不確かな答えを言って
笑われたくないという事もあるでしょうし、
級友たちへの遠慮もあるでしょう。
だから答えを知っているにもかかわらず、
先生に指されても、もじもじとして答えられず、
そして事情をわきまえているカンパネルラも、
先生に指されてもじもじしてしまいます。
ここにいるのは、他の子供に比べて、
知識の高いジョバンニとカンパネルラという
二人です。
以前はとても仲良くしていたが、貧しいジョバンニは
家庭の事情でアルバイトが忙しく
カンパネルラと遊ぶことがすくなくなり、今はちょっと距離のある二人です。
そして明らかにカンパネルラを取り囲む子供たちから、
ジョバンニは、外されています。
ここで私が注目したのは、喋らない二人です。
ふたりの少年が、二人とも口を閉じていることです。
この二人は銀河についての知識を共有しており、
二人ともが、
知識を知っていても知らないふりをする共犯でもあるのです。
つまり二人ともが自分たちはわかっているけど。
喋らない方がいいという判断をしていることです。
彼らがなぜ、そういう判断をしたかについては、
このシリーズの末で、
そのことの説明したいと考えています。
さらにジョバンニとカンパネルラは
以前は仲良しだったけど、今は距離があり、そしてそのことが
ジョバンニには寂しく、今は独りぼっちでもあること。
このジョバンニの立ち位置と心境を、
どうしても賢治は書きたかったのだと思います。
なぜなら、おそらくこの童話を読むであろう保坂嘉内に、
自分の気持ちを伝えたかったからではないかと思うのです。
そしてこのように「銀河鉄道の夜」には、
賢治が嘉内につたえたかったこと、話したいことなど、
賢治の嘉内に対する思いが、たくさん布石にされています。
つまりこの物語は前回書いたように
・成熟した賢治の、嘉内からの心理的自立とそして
・ずっと自分の胸に突き刺さっていた嘉内へのお詫びと、
彼に対する自分の友情です。
つまりそれをkeyとして謎をといていくと、
この物語の意図と全景がみえてくるのですね。
ただ、人によってはこの物語を嘉内と賢治の個人的なものではないと
する人もいます。
それはそれでいいと私は思いますし、
そう言う読み方もけっして否定せず、大切にしたいと思います。
ただ、私としては、
この物語の行間から立ち上る気配や温度や、熱意や、
そして少し理解不能な謎の言葉は、
やはり賢治のやるせない気持ちや、どうしても
嘉内に分かって欲しい自分の胸のうち、
そしてこれから自分が(賢治が)どのように生きるかの決意などを、
私は垣間見ないわけにはいかないのです。
同じように、第四次稿で加筆された「活版所」と「家」ですが、
これも嘉内のための布石だと思います。
そしてその事は、7章「北十字とプリオシン海岸」の冒頭で
唐突に発せられたカンパネルラのことば、
ことば、
「おっかさんは、僕をゆるしてくださるだろうか」と
底流でつながっているのですね。
これに対してジョバンニは
「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの」といいます。
つまり、そんなに自分を責めなくてもいいんじゃないの、と。
この言葉は、他の意味にもとれますから、必ずしも私考えていることとは
限らないかもしれないのですが、
それでも私には、どうしても嘉内を慰めたいという賢治の思いのように思えるのです。
つまり以前、嘉内の母親の死に際して、
こころない言葉を雨のように浴びせてしまった償いとしても、
賢治はぜひともここで、母親と息子の姿とは
こういうものだよ、と、だから心配しないでいいよと、
暗に書いておかねばならなかったのではないかと思います。
嘉内のためにも
優しいおっかさんと親孝行の息子の物語をです。
ただその経緯を詳しく書くと、今から私がが書こうとしている
「銀河鉄道の夜」の謎解き(仮題)
のネタばれになるから…苦笑。
ここまでで、口を閉じさせていただきます…申し訳ありません・・・・。
次回は、なぜ、カンパネルラの死とお父さんのとのやり取りを
賢治が付け加えたか、逆になぜカンパネルラは宇宙に消えてしまったか。
そして二次稿、三次稿にあった、
それまでの賢治が書いていたいかにも希望の光であるような、
・セロの声・ブルカニロ博士のエピソードが
なぜ、削除されたかについて
書こうと思います。
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