こんなに便利で、清潔で、物が溢れているのになぜ、人は争い悩むのか8

なぜ人は争うのかというと,

人間はひとり、ひとりがその遺伝子情報も、育成環境も、育成歴も違うからです。

つまり脳の情報=脳の内容=脳のソフト=脳の文化がそれぞれで、まったく違うからです。

しかし人間は、それぞれが弱い存在であり、集団でしかいきれませんから、

脳はそこをカヴァーするためにそれぞれの脳が相手の脳を推測をしたり、

シュミレーションして折り合いをつけていくようになったのではないか、と思います。

これはあくまでも私の個人的な見解ですが。

だからその折り合いが付けられない人が、争うのです。

例えば、人間が、他者に対し幻想を持つことについて、

カウンセリングの場でよく私がいうのは、「あなたは、他者への要求度が、高すぎます」と。

つまり人間って勝手なもんで、自分のことは棚上げしておいて、

自分以外の人に対しては、高い要求をするのです。

時には理想を押し付けたりします。

特に離婚のカウンセリングとなると、もう相手への要求度がどんどん吹きだしてくる…苦笑!

相手への幻想(思い込み)や、要求度が高いとトラブルが生まれるのですね。

話を本筋に戻すと、争いとは、自分の脳が作り出す幻想世界と、

他者の、それとは、全く違うからなんですね。だから、

人間関係もまた、お互いの思い込みの世界がぶつかったり、

そこでの勘違いや錯覚の矛盾が顕れてきたりして、トラブるのですね。

その時、脳の事を理解していないと、自分の正当性や、正義で、相手を裁いてしまいます。

しかし、正義や、正当性というものも、個々の人脳世界によって、違うのです。

まあ、殆どの人が、脳の事など理解してない、と思いますが。

特に我が強い人は、どこかに負けたくない感情や、

反対に相手をやっつけないと気が済まない辺縁系(動物的本能)の感情が起き、

質の悪いことには、相手をやっつけると、そこに快感がうまれますから、困ったもんです。

それでも賢い人間は、あゝそうか、とサッと相手のことをうけいれます。

つまり事が深みにはまらないように相手の脳と、浅い所で折り合いをつけるのです。

他者に対してもつ幻想で、よく勘違いされるのは、

天才と言われる人や、社会の表面で評価されている人をなんだか

特別で賢い人のように勘違いしますが、また、人格者という風にみられている人なども、

高い徳があるように思われがちですが、そんなこたぁ~ありませんよ。

脳の観点からいうと、●みんなどこか偏った自分の脳世界をいきているはずなのです。

完璧なバランスを持った脳などありえませんから。

人間誰もがどんぐりの背比べで、どっこい、どっこいなのです。

だからこそ、他者への幻想をもたないこと,依存しないことです。

特に為政者への幻想と依存は危険です。

そうではなく、

一人一人が自立した自分の脳世界に自負と誇りを持って.自分の生き方や、

政治や経済の動向を作り出してほしいと思うのです。

個々の人間の脳のその総力で、社会が成立し、起動していること、

それが素晴らしいのだと、思います。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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